【ボクが大好きな僕のレテパシーズについて】

【ボクの大好きな僕のレテパシーズについて】

 

ハイコーフェスまで二週間を切りましたね

家中の至る所に「いよいよ感」が漂ってきて

何をしててもずっとソワソワしている感じです

 

こんな風に書くと「弱音」を吐いてるみたいで嫌ですが

今年のボクは「幽霊」みたいな感覚でハイコーフェスを見てきました

「ボク」がいなくてもハイコーフェスが始まるし

「ボク」がいなくてもハイコーフェスは終わるし

「ボク」がいなくても「この世界は楽しいんだろうなー」って

なんとなく「そんな風」に想う日もあって

「魔法が切れる」じゃないけど

でも「魔法が効かなくなってきた感覚」が確かにあって

ハイコーフェスが続く限りは

「永遠にレベル上げの毎日が続くんだなー」と想うと笑えてきたりもしました

 

最近のボクは1日に何度も深呼吸をしています

何度も深呼吸しないと「ハイコーフェスを好きな気持ち」を抑えられないくらいで

「それ」がどんどん「この世界」との「歪み」になっていくのが分かってるから

何度も深呼吸して押さえつけています

少しづつ少しづつボクは「孤独」になっていくけど

「孤独」の向こう側にはいつも「サイコー」があったから信じてやるしかないですね

最後には必ず圧倒的に自分と向き合ってそれがやっぱり「ハイコーフェス」ですからね

「たかが音楽フェス」だけど「たかが音楽フェス」じゃない気持ちもあって

やっぱり最後にはいつもどおりの「ボクのハイコーフェス」です

 

前売り予約は今日で191人で、残り59人です

連日猛プッシュでアピールしているつもりも去年の二週間前に比べると30人負けてる計算です

とは言え、ハイコーフェスは「負けず嫌い」で有名ですからね

ハイコーフェスが「負けてばっかりいられない」ですからね

もっと「ひきかえ」に出来る「しあわせ」が残ってるんじゃないかと

あちこち探しては「ひきかえ」にしています

別に「勝ちたくなんかない」けど「負けたくない」です

「負け」を認めるまでは「負けじゃない」から

「負けたくない」から「頑張る」だけです

何はともあれ、ここまで来たらレッツゴーですからね

毎日やるっきゃないですからね

 

 

佳境に入った出演者紹介は9組目

「リクエスト了解!覚悟したまえ!」って

「クソ格好良いパンクロック」が

今年も「夏」に「トドメを刺し」にやってきます!

史上最多は4年連続の大トリは前代未聞の金字塔!

お待たせしました、「僕のレテパシーズ」の登場です!

 

 

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【ボクの大好きな僕のレテパシーズについて】

 

「僕が見てたのは夏の終わりで、君が見てたのは秋の始まり」

 

ハイコーフェスの翌朝、僕のレテパシーズの古宮くんがこーちゃん(ボクの奥さん)に

「ビートルズ」の「インマイライフ」って曲の「和訳歌詞」をプレゼントしてくれました

それはただの「英語が得意な人が和訳した歌詞」じゃなくて

古宮くんが「勝手に和訳」した「ハイコーフェスのインマイライフ」で

「僕が見てたのは夏の終わりで、君が見てたのは秋の始まり」

そんな素敵な歌い出しのこんな素敵な曲でした

 

もしかしたら聴いた事がない人もいるかもだから

去年のハイコーフェスダイジェスト版動画を貼り付けますね

この挿入歌として使わせて頂いたのが「僕のレテパシーズ」の「インマイライフ」で

この動画を見てからじゃないと、この先の紹介文もちっとも楽しめないので

見た事がある人も見た事がない人も、ぜひ見てもらえたら嬉しいです

本当に本当に「ハイコーフェスの終わり」が「全部」詰まっている

「ボクと君のハイコーフェスの鎮魂歌」です

 

 

この曲の「思い出」については

こーちゃんが去年のハイコーフェス後にゴマシオブログに書いてるので

せっかくなので貼り付けておきますね

いつも「ボクの想い出」ばかり書いていますからね

たまには「君の思い出」も良いもので

読み返したら素晴らしくていろいろ想い出してしまって

良い機会なので皆さんも読んで見てください

これが「君のハイコーフェスの終わり」です

 

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ハイコーの時に僕のレテパシーズの古宮くんが、

「これあげますょ!」って、

「今年は書き下ろし歌詞メモ!」とゆうのをくれたんです。

「ビートルズのカバーだぜい!」って。

「ビートルズのインマイライフのオレ流の歌詞だぜい!」って。

「インマイライフってどんなだっけ?」って言ったら歌ってくれて、

「あーーなんとなくわかる!」って、

私この程度の女だから宝の持ち腐れだなーと思ったりもしたけど、

「じゃあヤフオクに出品します!」なんて茶化したけど、

あとでちゃんとこの意味考えよって思って大事にしまっておきました。


それで、ビートルズのインマイライフを少ししらべてみたんだけど、

聞いた事はあるけど、なんかちょっと地味めなやつだよねって。

えー??ビートルズの中では最強のラブソングらしく、

えー?全然そんな気なしに聞いてたかもっておもってしまった。

和訳の歌詞を見たら「確にこれは超ラブソングやん!」って。知らなかった!


レテパ流のインマイライフは、

「僕が見ていたのは夏の終わり、君が見ていたのは秋の始まり」みたいな事が書いたあって、

この歌詞が無性に気になり、ここに何か感じた私はその小さな小さなズレを探るようになりました。


ハイコーフェスを続ける程に、

普段の生活ではあやふやで良かったどーでもいいことが、

「どーでもいいや!」と思って忘れる前にどんどん積み重なって。

まるでテトリスの後半の「どーだこれでもくらえー!」ってどんどん上から落とされてくるあの圧迫感?

あんなかんじで様々な感情に埋め尽くされて、

もちろんそれには楽しいとか嬉しいとかも含まれていて、辛いことばかりではなくて、

だけど消化できないままになったりして、

「あーあたし達は何か違いすぎたかもしれない」とか悲観的になったり。

「分かり合えないのかな」とか思考がネガティブになっていったりしていた。

 

去年かな、平井さんが「嘘の地球儀」って新曲だして、

「うわ!マジか?あたしも同じ様な事考えてた!」と思って歌をドキドキしながら聞いたのを覚えています。

でも、あたしの思っていた地球儀の歌とは全く別物でした。よかったって。

 

話し合えば話し合う程にお互いの傷を掘りあってくようで、

話しあうだけで疲れきったりして、

ズレがどんどん大きくなってく気がして認めたくなくて怖かった。

でも、それを繰り返しているうちに私達は見た目同じような綺麗な地球の上で暮らしていて、

1人1個ずつ地球を持っていてそこでそれぞれみんな自由に暮らしている世界。

私たちは外からみたらほんとに同じ地球をもっていて、

だけどその地球の中のずっと奥にある核みたいな者の色は真逆なんだ。ってゆう変な思考になってしまっていて。


「さあ一緒にいきましょう!」って手をつないで出発したけど、

微妙に最初の一歩の方向が違っていて、

最初は肩も組めるし腕も組めるし手もつなげたのに、

お互いが頑張れば頑張る程にだんだん手をつなぐのが窮屈になって、

「困ったなー」ってまた頑張るんだけど、

かろうじて小指がつなげるかどーかってかんじで、

更に更に頑張って突っ走って、

振り替えったら「あれ?見えなくなってるょ?どうして?」ってゆう感覚。

感覚レベルでネガティブな発想。思考回路。


そうゆうのも含めて、また笑い会えるようになって、

結局は同じような事を正解なんて分からないまま繰り返していました。


でも今ビートルズを聞いたら、

僕のレテパシーズのインマイライフを聞いたら、

「あれ?私のあんなに悩んでいたズレって、

もしかしたら本当はたったこれだけの小さなズレだったのかなー」って思いました。

 

真相は誰もわかりません。そこに答えなんてないのかもしれない。

ただ僕たちはなんとなく幸せになるんだって思いたい。


僕が見ていたのは夏の終わり

 

君が見ていたのは秋の始まり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「こんな思い出」と残して「君のハイコーフェス」は「終わる」はずでした

「そんな想い出」と共に「ボクのハイコーフェス」も「終わる」つもりでした

後は笑って死ぬまで「おだやかな生活」を過ごすだけでした

「ありがとう、さようなら、ハイコーフェス」でした

 

もしあの時、古宮くんが「インマイライフ」を手渡してくれなかったら

ハイコーフェスは本当に終わっていたのかも知れません

「ボク」に渡すんじゃなく「君」に手渡したからこそ

「ボクと君のハイコーフェス」は続いた気がして

「ハイコーフェス」を「終わり」にするって「気持ち」は

「誰にも分かってもらえない気持ち」だったけど

「誰にも分かって欲しくない気持ち」だったけど

「誰にも分かってたまるかの気持ち」だったけど

古宮くんにはそれが「分かっていた」のか知れなくて

ボクは古宮くんの歌が相当に好きです

はっきり言って「親友」くらいに好きです

でも多分「ボク以上」に「君の方」が「古宮くんの歌」を「必要」としていて

「僕のレテパシーズ」は「ボクの僕のレテパシーズ」だったけど

今では「君の僕のレテパシーズ」のような気もしていて

「君の僕のレテパシーズ」がいてくれたおかげで

「ボクの僕のレテパシーズ」がもう一度チャンスを与えてもらって

「ボクの僕のレテパシーズ」と「君の僕のレテパシーズ」が「同じレテパシーズなら良いなー」って

全然意味分かんないかも知れないけど、でもそんな風に想っていて

あの日確かに「もう会えない気がした」はずなのに

「僕のレテパシーズにもう一度会える事」

「ハイコーフェスを愛する全ての皆さんにもう一度会える事」

「ボクと君が分かり合う事」、「ボクと君が愛し合う事」

その全部が全部「僕のレテパシーズのおかげ」では無いかも知れないけど

でも全部が全部「僕のレテパシーズのおかげ」で良いような気もしていて

僕のレテパシーズって、そんな「ロマンティックなバンド」がいてくれたおかげで

「ありがとう、また会おうね、ハイコーフェス」って

そんな気持ちにもう一度なれたような気もするんです

 

 

「ただただ嬉しい!!!」

「お誘い頂いたからには、去年全部燃え尽きた気分ですが、もう一回全て残ったやつ燃やしますよ!」

「勝手にもう超気合い入ってます!」

ハイコーフェスの出演依頼に対して

どの出演者より早い反応で古宮くんから届けられたこのメールを読んで

ボクも「ただただ嬉しい気分」で

「レテパがいれば大丈夫!」

「何」が「大丈夫」なのか自分でも分かりませんが

「僕のレテパシーズ」がいてくれる限り

「ボクのハイコーフェス」は「無敵」で

「お誘いしたからには、去年全部燃え尽きた気分ですが、もう一回全て残ったやつ燃やしますよ!」って

「勝手にもう超気合い入ってます!」ってバカみたいに1人で盛り上がりました

僕のレテパシーズって、そんな「無敵なバンド」なんです

 

 

これは意外に思うかもですが

ボクは「ボイラー技士特級」って免許を持ってて

高校を卒業してから14年くらいずっと

発電所で「燃やすを専門の仕事」をしていて

大抵のモノは「燃やして」しまいます

でも「燃え殻を燃やす」って口で言うほど「カンタンな事」じゃなくて

そもそも「燃やせるもの」の「エネルギー」が「尽きて」しまってますからね

「燃え殻」って普通は「ぎゅっと固めて地中に埋めて」しまうんです

 

「想い出」もそうですよね

「ハイコーフェス」ってここ2〜3年は毎年「今年でおしまい」って

「燃やせるもの」の全てを「燃やし尽くして」きましたよね

特に「去年のハイコーフェス」って

「一昨年の完璧なハイコーフェスの終わり」を乗り越えての「奇跡の開催」で

開催を決めた時点で「燃えカス」だったくせに

「燃やせるもの」なんか全然残ってなかったくせに

「意地だけ」で「何かを燃やした感じ」でしたよね

もちろん「その最後」を飾ったのは「僕のレテパシーズ」で

燃えに燃えまくったラストでしたよね

文句のつけどころがないくらいに「ボク」も「君」も「美しく燃え尽きた」んです

僕のレテパシーズって、そんな「美しいバンド」なんです

 

ハイコーフェスが終わってボクに残ったのは「燃え殻」で

古宮くんに残ったのも「燃え殻」でした

古宮くんが言ってくれたとおりです

「燃え殻」を「もう1回全て燃やす」みたいな感覚で

「ボクと君のハイコーフェス」はもう一度始まって

「燃え殻を燃やし続けたら何が残るのか?」

「燃え殻」をいくら燃やしても「燃え殻」しか残らないはずだけど

「その当たり前の事」って実は

「燃やすプロだったはずボク」でも「自分の目でちゃんと確かめたこと」は「一度」も無い事で

「経験」や「長年の感」で、「理論」や「理屈」で、「データ」や「分析」で

そうやって「燃え殻」って「これ以上は燃えないよな」って

最後は普通「ぎゅっと固めて地中に埋めて」しまうんです

偉い先生や数々の研究で「燃え殻はいくら燃やしても燃え殻のままです」って

そんな結論はずっと昔から出ている揺るがない事実かも知れないけど

でもボクは「この目で確かめた事」は無い訳ですからね

自分の目で見てないんだから「真実かどうかはあなた次第!」ですよね

 

そしたら「本当に全て燃えてなくなる可能性」に賭けてみたくて

もしかしたら万が一でもう少し燃やしたら実はもう一度燃え出すかも知れなくて

そう言うのって気になり出したら仕方ない性分ですからね

なんか逆に楽しくなってきちゃって

今年のボクは本当に「楽しい気分」で「ハイコーフェスの終わり」を待っているんです

「僕のレテパシーズ」って、そんな「楽しいバンド」なんです

なので、本当の本当にハイコーフェスが失くなる瞬間」をボクは確認したくて

もしかしたら「ボクの気合い」が足りなかっただけなのかも知れないし

「古宮くんの超気合い」さえあれば「この先もずっと奇跡」が起き続ける気もして

「燃え殻」を「もう一回全て燃やしてくれるバンド」ってボクが知ってる限りレテパくらいだから

「臨界点を突破して不可能を可能にする爆発力のあるバンド」ってボクが知ってる限りレテパくらいだから

根拠は無いけど「レテパがいれば大丈夫!」って、なんでかいつもそんな風に想ってしまって

もし仮にそれでもやっぱり「燃え殻」しか残らなかった場合は

その時は笑って「ハイコーフェスの想い出」を「ぎゅっと固めて地中に埋めて」やりたいです

「もう二度と取り出せない」くらい深い深いところに埋めて

「もう二度とバカな真似はしない」ように深い深いところに埋めてやりたいんです

僕のレテパシーズの新曲が「深海」ってタイトルの曲で

ボクはこーちゃんから「深海魚」って呼ばれてて(理由は書かないけど察してください)

「深海 僕にはなぜだか懐かしい なんでだろう さようなら 全部」って歌詞だったから

「わー、何このシンクロする感じ!」って超嬉しかったから

まだ「触りの部分」しか聴いた事はない曲だけど

今年は「深海」で終われたらなーって勝手に想ってて

本当に素敵だったから「ハイコーフェス」なんかこの際

「深海」に「埋めて」も良いかなーっても想っています

いづれにせよ、「もう二度と取り出せないくらい深い深いところに埋めた」はずの「ハイコーフェス」を

「もう二度とバカな真似はしないように深い深いところに埋めてやった」はずの「ハイコーフェス」を

なんでかまた掘り起こさせてくれて

「もう一回全て残ったやつ燃やしますよ!」なんて気分にさせてくれたのは

きっと「僕のレテパシーズ」がこんなにも「好き」だからで

「ボク」も「君」も、きっと「みんな」も

「僕のレテパシーズ」を「愛してるよ」って事で良いんだと想います

「僕のレテパシーズ」って、そんな「喜びが爆発してるバンド」なんです

 

 

ボクは「僕のレテパシーズ」が大好きなので

レテパは今年で5年連続の出演になりました

去年のハイコーフェスのステージ上で古宮くんが

「来年ハイコーフェスがあるかどうかはオレらのライブに懸かってるんで!」って

「でも来年呼ばれなかったらどうしよう?」って言ってたけど

本当に「一切悩む必要」がないくらい「大好き」なので

レテパの出演は最初から決まっていました

ハイコーフェスには「なくてはならない存在」がたくさんいて

もはやどれがどれだか覚えきれないかもしれないけど

「僕のレテパシーズ」は紛れもなく「その一組」で

「僕のレテパシーズ」って、そんな「忘れられないバンド」なんです

 

それに加えて「史上最多4年連続大トリでの出演」は「前代未聞の金字塔」で

ついにハイコーフェスに「レテパ時代の幕開けだ」と勝手にワクワクしています

もちろん「出演順」は毎年ボクが決めてる訳ですからね

勝手に「史上最多4年連続大トリでの出演」に決めて

勝手に「前代未聞の金字塔」を築きあげて

勝手に「レテパ時代の幕開けだ」と

勝手に「ワクワク」しているだけかも知れませんが

でも「レテパで終わるハイコーフェス」って言うのが

「ハイコーフェスの終わり」として「みんな」にも「認められた」のが

一昨年と去年の「ハイコーフェスの終わり」を眺めて分かったので

「僕のレテパシーズ」は「ボクのレテパシーズ」だけど

「ボクのレテパシーズ」が「みんなのレテパシーズ」になったのがちゃんとボクにも分かったので

「レテパで終わるハイコーフェス」に「迷いは1つもありません」でした

もちろん「最初から最後までクライマックス」なのがハイコーフェスですよ

でも、「トリは誰にする?やっぱレテパ?」って

「今年もレテパのトリが良いです!あのみんながワチャワチャした終わりが好きなんです!」って

「やっぱレテパでしたね!今年もサイコーの出演順でしたね!」って

そんな声がたくさんたくさん耳に入るようになって

これがボクの見たかった「ハイコーフェスの愛の風景」だったから

「レテパで終わらないハイコーフェス」って

「愛の風景がないハイコーフェス」って

もはや「想像が出来ない」くらいの「存在」になったんだなーってボクは本当に嬉しかったんです

ずっとこんな日が来るのを信じて待っていたから

本当はね、「ざまあみろ!」って言ってやるつもりだったんです

「オセロ」じゃないけど「いつか全部”白”にひっくり返してやるからなー」って

「せいぜい今の内にバカにしてれば良いさ!」って

「黒溜まれ!黒溜まれ!黒溜まれ!」って

今か今かと逆襲のタイミングをずっと待ってて

「みんなが納得するハイコーフェスの終わり」とずっと戦っていたんです

「僕のレテパシーズ」って「ボク」なんです

「僕のレテパシーズ」って、ボクの「怒りのバンド」なんです

「ボクの僕のレテパシーズの音楽」を「愛してもらえない」と

「ボク」が世界中から否定されてるみたいで

大袈裟に書くと「世界中の人から死ねと言われた気」がしてたんだけど

ようやく「愛してるよ」で溢れかえった「ハイコーフェスの愛の風景」を見たら涙が出そうで

ボクの好きだけでは「まかり通らなくなったハイコーフェス」が悔しくて

そもそも「売られた喧嘩を買ったのか」、それとも「喧嘩をふっかけた」のか

今では思い出せないくらいに「ちっぽけな戦い」だったけど

「ボクのハイコーフェスのちっぽけなプライド」のためにレテパはずっと戦ってくれて

「オレはしつこい性格なんで何度も言います!ハイコーフェス愛してるよ!」って

「あ、また言っちゃった!ハイコーフェス愛してるよ!」って

いつもいつも「壊す」どころか、ハイコーフェスの全てを「愛して」くれて

「みんなのハイコーフェス」が「愛」に気づいた瞬間に

「ひっくり返すつもり」が「ひっくり返された」ような気がしたんです

「ボクの僕のレテパシーズはサイコーだなー」って

「愛があるハイコーフェスはやっぱりサイコーだなー」って

「あんなに大嫌いだった人達の事がなんだかこの頃素敵に見えてきて」しまって

「ざまあみろ!」どころか「愛してるよ」って1人づつ抱きしめたて回りたくなったんです

「みんなが怖がったトラウマのレテパシーズ」は「この世界」の「もうどこにも」いなくて

ちょっと時間は掛かったけど、それがまた「泣かせる物語」で

なので今年は「安心」して「超思いっきり」、「ためらわず壊して終わり」にしますね

「さんざん笑って作ったあんな夏の一日は、いつでもまた作れるからためらわず壊そうぜ」って

「ハイコーフェスの終わり」は「中指立てて」終わりじゃなきゃ「ボクの哀しい想い出」が「成仏」しないんです

ボクは「哀しい想い出」を「全部なし」にしたかったんです

だから「僕のレテパシーズ」って、ある意味そんな「哀しいバンド」でもあるんです

 

 

ハイコーフェスでのライブ中も

レテパが出演する時に限っては毎年「クソ」みたいに応援しちゃってますからね

もちろん他の出演者のライブの時も

「ボクより応援している人はいない!」って断言できるくらいに勝手に応援していますが

でもレテパの時だけは明らかに「クソみたい」に応援しちゃってますよね

あんな姿見せられたら「なんでそんなにレテパにばかりに肩入れするの?」って

「毎年随分猛烈プッシュするよねー」って

「もう5回目なんだからみんなどう見れば良いか分かってるから大丈夫だよ」って

「分かった!自分だけでも応援してあげないとって本当は不安なんでしょ?」って

そんな風に感じた人もいたかも知れませんが

誰かからの悲しみを悲しみのまんま

誰かからの憎しみを憎しみのまんま

誰かからの喜びを喜びのまんま

誰かからの愛を愛のまんま

「ハイコーフェスの喜怒哀楽」を全て歌っているのが僕のレテパシーズだから

ボクは「ボクの僕のレテパシーズ」を応援せずにはいられないんです

「味方以外、全部敵」って古宮くんの名言があるけど

ボクは「ボクの僕のレテパシーズ」の「味方だ」って大声で叫びたくなるんです

 

昨日の晩御飯の時に家族3人で偶然レテパの話になったんです

レテパの話って言うか、澁谷くんの話から始まってレテパの話にたどり着いたんですけどね

もう何回も書いてるので分かると思いますが

「澁谷くん」って「ハイコーフェスの副実行委員長」で

「ハイコーフェスのデザイン全般」を手掛けてくれてる人で

ボクと近江さんと含む、もはや「三人」しか残っていない「ハイコーフェスの立ち上げメンバーの1人」で

とにかく「やさしい人」で有名です

ボクは喫茶店をやっていて、近江さんは美容室をやっていて、澁谷くんはデザイン事務所をやっています

三人とも同級生で大体同じくらいの時期に「夢」を実現させて

とは言え「片田舎でカッコ良さげな職種」を「10年続ける自営業者」ですからね

きっとボクだけじゃなくて二人も「誰にも分からない気持ち」はあるはずで

バカにされながら悔しい思いもしながらそれでも毎日ヘラヘラ笑いながら

とは言え、ヘラヘラ笑うしかない中でも「自分が信じてるやり方が最強だ!」って「自惚れ」も胸に

本当は臆病で「怖い」けど「やらなきゃやられちゃう」から

「やらなきゃ誰もやってくれない」からずっと一人きりで「昔の自分」や「不安」と戦っているはずで

そんな風に結構「真面目」に生活しながらもハイコーフェスだけは守ってきた訳です

なんとなくそれがボクらに共通する「ロック」ってヤツだったからです

 

今年の澁谷くんは春から「超気合い」が入っていて

それはちょっと「怖い」くらいの「気合い」で

澁谷くんは1番売れてて、1番忙しくて、1番時間が無いのに

本当に「どうしちゃったの?」ってくらいに

一生懸命にハイコーフェスのために戦ってくれていて

今までだってちゃんと「一生懸命」にしてもらっていた気でいたけど

明らかに今年はハッキリと「何か」が違っていて

そんな澁谷くんの「姿」や「想い」や「何か」がボクには

「ロック」だったり、「パンクロック」だったり

「ブルース」だったり、「ロックンロール」だったりに見えていて

「KETTLESの緊急出演」が決まった時に澁谷くんの「ロック」は爆発して

澁谷くんは勝手に「号外」を発行したり、熱いブログを書いたりして

まだハイコーフェスを信じてくれない人に「ロックンロール」を届けようとしてくれて

その時の「姿」や「想い」や「何か」は

もはや「ロックンロール」とは違う「クソ格好良いロックンロール」に見えたんです

でもその「クソカッコいい行動」は「パンクロック過ぎる行動」に写ったみたいで

「澁谷くんだいぶ荒れてたけど疲れてる?大丈夫?」って

「澁谷くんとは思えない強い口調のブログだったから心配しちゃった!」って

「澁谷くんとなんかゴタゴタあったの?」って

「澁谷くんの築きあげたイメージが悪くなっちゃうよ!誰見てるか分かんないよ!」って

まるで澁谷くんが「ロックンロール」に犯されたような

「ブルース」に取り憑かれたみたいな印象を与えてしまった様で

「クソ」が「どれだけ大切か」

それがちゃんと伝わっていない人たちからには「誤解」を与えてしまったようで

ちょっと本気で「心配」されたりもしました

なんて言うんだろう、ハイコーフェスが上手くいってないみたいな感じに思われたんだと想います

 

澁谷くんって「やさしい人」だから

「カッコいい、楽しい人」だから

ハイコーフェスのために「想い」を爆発させただけなのに

「ロックンロール」としか言い表せない「こんな気持ち」が爆発して

とうとう「クソ」が付いちゃっただけなのに

「なんでそれが伝わらないんだろうねー?」って

「澁谷くんもとうとうクソになっただけなのにねー」って

「クソ格好良いロックンロールなのにねー」ってそんな話題になった訳で

ハイコーフェスが「やさしいロックンロール」や「楽しいロックンロール」

「ただのカッコいいロックンロール」だけならこんな風にならなかったのにねーって

「ハイコーフェスってクソだから良いのにね」って

「ロックンロールって難しいねー」ってそんな話をしていた訳です

「クソ」、「クソ」連発して

とても晩ご飯を食べながらするような話ではありませんでしたがね

 

そんな「大人の会話」を聴いていた「さんちゃん」がおもむろに言ったんです

「さんちゃん」って、ボクの息子で11歳の純粋な少年です

さんちゃんって「僕のレテパシーズ」の「あいぼう」としても「有名」で

ある意味、ボクよりも「僕のレテパシーズ」を知っている人で

「レテパもクソだもんね、クソカッコいいだもんね」

「ナオちゃんもクソだもんね」って

「近江さんもクソだもんね、クソカッコいいだもんね」って

「大森靖子さんもクソでしょ?頑張るクソ!」って

「カッコいいじゃないよ、クソカッコいいだよ、クソって分かる?」って

それがあまりにも「核心的な一言」だったので

こーちゃんと顔を見合わせて笑ってしまったんです

こーちゃんは「ダメだ、こりゃー、親子だわー」って呆れていたけど

でもボクは嬉しかったんです、「何かだなー」って想ったんです

「オレってクソだからなー」って

「レテパもクソだからなー」って

「クソ格好良い」が「大変で大切なこと」だって事が

「大切な人」にはちゃんと伝わっていた気分でボクはさんちゃんの事を抱きしめたくなったんです

ハイコーフェスの「クソ格好良いところ」はボクが何より「大切にしている何か」だからです

 

「僕のレテパシーズ」って「クソ格好良いロックンロール」で

「クソ格好良いパンクロックバンド」で

まるで「ハイコーフェスが歌ってる」みたいな「バンド」です

ハイコーフェス出演者の中で誰よりも「クソが似合うバンド」なんです

「クソ格好良い」から分かり難くて「大変」で

ちゃんと受け売れられるまで時間も掛かって

でもちゃんと「受け入れた」ら「手放せない」くらいに「大切」で

ハイコーフェスを愛せば愛すほど「クソ」が付いてないと「満足できない」んです

だってハイコーフェスって

「クソ」みたいな奴らが集まって作って

「クソ」みたいな奴らだけ残った

「クソ」みたいな「フェス」ですよね

だから「僕のレテパシーズ」のライブを見てると「クソみたいな自分」を見てる気になって

「クソ格好良い自分」を肯定したくて、信じたくて、愛してやりたくて

だからあんなにも「応援」したくなるんです、精一杯デカい声で思わず叫んでしまうんです

 

つまり何が言いたかったかと言うと、カンタンに一言で言っちゃうと

「僕のレテパシーズを愛する事」って「ハイコーフェスを丸ごと愛する事」な気がして

「ハイコーフェスを愛する事」って「僕のレテパシーズを丸ごと愛する事」な気がして

ハイコーフェスって「クソ格好良いフェス」なはずだし

僕のレテパシーズも「クソ格好良いロックンロール」だから

ハイコーフェスも僕のレテパシーズも「絶対負けを認めないクソ」だから

「どちらも丸ごと全部愛してもらえるまで、ハイコーフェスも僕のレテパシーズも戦うぜ!」って事です

 

もしも仮に「ハイコーフェス出演者全組のライブ」が「同じ時間」の「違うステージ」で行われるとして

それでもボクは「僕のレテパシーズ」を応援しに行くと想うんです

もちろん他の全組を応援したい気持ちはありますよ、順位なんかありませんよ

それでもやっぱりボクは「僕のレテパシーズ」を応援しに行くと想うんです

応援せずにはいられないんです

ボクの中に「ボクのハイコーフェス」って「ロック」が生まれたのは

ボクの中に「僕のレテパシーズ」の「ロックンロール」が流れてからで

「僕のレテパシーズのクソ格好良いロックンロール」が

「ボクのハイコーフェスのクソ格好良いロック」そのものなんです

なので、「ボク」は「僕」を応援したいんです

「ボク」は「僕」をみんなにも「分かって欲しい」んです

「分かって欲しくない」けど、「分かるはずない」けど、「分かってたまるか」だけど

それでも「分かって欲しい」から、「分かってくれよ、頼むからさ」って「音楽」だから

ボクは声が枯れるくらいに僕のレテパシーズを応援したいんです

「愛してるよ」なんです

 

 

「ハイコーフェスの終わり」に「僕のレテパシーズ」を見るって事は

「ボク」の代わりに「僕」がステージで歌っているような気持ちになれるからで

「僕のレテパシーズ」のライブが大盛り上がりする事で

「クソみたいなボク」や「クソみたいなボクの仲間」の「全て」が

「全部報われた」ような感覚になれるからで

「ボク」の「君」の「クソみたいなところ」も

丸ごと全部受け入れてもらって「褒められて終わりたい」からなんです

「壊したり」、「燃やしたり」、「褒められたり」

「レテパに背負わせているハイコーフェス」は本当に多いけど

ずっと「ボク」が背負ってきたつもりの

「ハイコーフェスに対する罪のようなもの」を全部壊したくて

ずっと「ボク」が背負ってきたつもりの

「ハイコーフェスを続けるためのエネルギー」を最後まで燃やし続けたくて

ずっと「ボク」が背負ってきたつもりの

「ハイコーフェスを認めて欲しい」って欲求を満たして欲しくって

だからこそ「クソ格好良い僕のレテパシーズ」に

「クソ格好良いハイコーフェスの終わり」を任せたいんです

 

 

ごめんなさい、今日も全然「僕のレテパシーズ」の紹介をしていませんね

「ボクの僕のレテパシーズ」ばかり書いてしまっちゃってますね

でも「ボクの僕のレテパシーズ」を書く事が何よりの紹介になるかなーと勝手に納得していて

でもそれで終わりにしたら古宮くんに悪いので、ここから「僕のレテパシーズ」の紹介です

 

 

「僕のレテパシーズ」は「完璧なバンド」なんです

「クソ格好良いロックンロールバンド」でありながら「完璧なバンド」でもあり

「レテパの音楽」を発見してから以降のボクは

「あたらしい音楽」に対する「興味」が薄れてしまったくらいの感覚があります

きっと「満足」しちゃったんだと想うんです

「僕のレテパシーズ」で全てが「事足りて」しまったんだと想うんです

「レテパより素敵なバンドを探そう」

もう何年もそんな事を繰り返して来ています

でもたくさんの音楽好きがオススメするたくさんのバンドをYOUTUBEで見ても

いろんなバンドのいろんなCDもいろいろ聴いてはみたけれど

レテパより素敵なバンドなんて見つけられなくて

「ボクはこれから先、レテパ以上のバンドに出会う事は一生ないのだろうか?」と

何度も自問自答し絶望を繰り返しています

 

 

古宮くんが今年のハイコーフェスへの意気込みにこんな風に書いていて

「これが今のレテパシーズなのかなー」って想ったので

下に貼り付けますから皆さんももう一度じっくり読んで見てください

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漫画で言ったらアキラみたいな。

小説で言ったら美男子と煙草みたいな。

エッセイなら星野道夫の全てみたいな。

絵で言ったらゴッホの油の感じで。

音楽ならハイロウズのバームクーヘンみたいに。

今年も超頑張りまーす!

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どうですか?「今のレテパシーズ」がどんなか分かりましたか?

古宮くんは「天才」だから「詩人」だから

これだけだと「分からない人」の方が多いかもだからボクが長々と解説しますね

「分かった人」は飛ばしてオッケーです

古宮くんが言いたい事と合ってるかは分からないけど

ボクなりの「今のレテパシーズ」です

 

「今のレテパシーズ」は四人組です

去年のハイコーフェス後に「鍵盤のユキコトーキョーさん」がメンバーを脱退し

それから四人での活動をしています

「レテパは1人少ないけどガンバ!」

さんちゃんがレテパへの応援コメントにこんな事を書いていたけど

ずっとハイコーフェスでレテパを見てきてくれた皆さんならご存知かと想いますが

「去年のレテパシーズ」が「完璧」でしたよね

「あれ以上はない」って感じに「完璧」で

心の底から「もう一度見たいやつ」でしたよね

みんな「あのレテパシーズ」を「期待」していたけど

「あのレテパシーズ」にはもう二度と会えなくてボクも正直相当にショックでした

「我が家」と「ユキコトーキョーさん」とは「親友」なので

事情についてはここにペラペラ書かないけど

毎年ハイコーフェスに出演する度にメンバーが入れ替わって

何度もメンバーチェンジを繰り返してやっと手に入れた「完璧」だったのに

「完璧」を「壊して」でも「今のレテパシーズ」の「旅」に「終わり」はなくて

今年も「今までのレテパシーズ」とかまた違う、「今のレテパシーズ」を見せてもらう訳です

 

ボクは「今のレテパシーズ」の「ライブ」を一度も見た事がありません

頼みの綱のYOUTUBEにも動画が上がっていないので

「今のレテパシーズ」がどんな感じなのか正直言うと全然分かりません

でも古宮くんから送られて来た「ハイコーフェスへの意気込み」を何度も読んでいる内に

「イメージ」だけはどんどん膨らんでいって「多分こんな感じかなー」って

そしたら「こんな感じ」って言うのが「あまりにも素敵な僕のレテパシーズ」で

なので勝手にワクワクしています

「あれ以上」はないはずなのに「あれ以上」を見れる気がしてきてやっぱり「期待」してしまうんです

 

「アキラ」って皆さんもご存知の超有名な漫画ですよね

ちゃんと読んだ事はなくてもタイトルくらいは誰でも知ってますよね

ボクも昔読んだ記憶しかないので超適当にしか書けないけど(ファンの人いたらごめんなさい)

「コンプレックス」を抱えていた方が「能力」を手に入れて

「オレスゲー能力手に入れた!オレ超スゲー!オレ超強い!」って

「覚醒」とか「葛藤」とか「衝突」とか「暴走」を繰り返し

大きな力を持ちすぎて制御不能になってもさらに大きな力を求めて暴走して

それで最後には自分の力を抑えられずに「爆発」するみたいな話です

(合ってる心配なので、ちゃんと知りたい人はTSUTAYAさんで映画をレンタルして見てください!100円レンタルできます!)

 

「美男子と煙草」って太宰治の末期の作品です

「私は、独りで、きょうまでたたかって来たつもりですが、何だかどうにも負けそうで、心細くてたまらなくなりました。」

「けれども、まさか、いままで軽蔑しつづけて来た者たちに、どうか仲間にいれて下さい、私が悪うございました、と今さら頼む事も出来ません。」

「私は、やっぱり独りで、下等な酒など飲みながら、私のたたかいを、たたかい続けるよりほか無いんです。」

「私のたたかい。それは、一言で言えば、古いものとのたたかいでした。ありきたりの気取りに対するたたかいです。」

こんな書き出しで始まる「太宰治本人」を登場させて書いた短編小説で

短い話なので、この機会にちゃんと最後まで読んでくれたら

「また違った感想」になるかと思いますが

「天才の苦悩」とか「天才の紙一重な感じ」とか「天才の申し訳なさ」とか

「天才の自惚れ」とか「天才の勝ち続けなければいけない宿命」とかを「ユーモラス」に描いている傑作です

(もし気になった人はここから読んで見てくださいね!本当に面白い!http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/241_15081.html)

 

「星野道夫さん」って「写真家で探検家で詩人」です

ヒグマ襲撃事件って悲しい事件の方で覚えている人もいるかと思いますが

どちらかと言えば「写真家で探検家」って方のイメージが強くて

ボクは古宮くんのコメントを読んでから

「エッセイ」に注目していろいろとツマミ読みして見ましたが

確かに「余計な言葉を使わず」に「季節を文字にしている」ような感じで

「静けさ」と「残酷さ」と「美しさ」が共存している「風景を切り取ったやさしいエッセイ」で

「今」とか「ここ」とか「この場所」とか

「そんな事だらけ」で頭がいっぱいになっているところに

突然「フーッ」っと風が通り過ぎてくような

「独特のリズム」と「開放感」があるのかなーって気がしました

 

「ゴッホ」って皆さんもご存知の有名な画家ですよね

去年も古宮くんの事を「ゴッホ」で説明したので覚えてるかも知れませんが

一言で言えば「天才」で、でも天才過ぎるが故にさみしがり屋で

やさしすぎるが故に最後には自らに銃を撃ち死んでしまいますよね

自分の耳がうまく描けないからと耳を切り落とすくらいに繊細で

でも「狂気の天才」なんて評価されたは死んでからで

生前は1枚の絵も売れなかったみたいな話もあって

今では何十億円の値段が付けられている絵を描いていたはずなのに

時代が才能についていけなかったなんて言われるように

生前はどん底続きの本当に報われない生涯だった「天才」です

で、「ゴッホの油の感じ」って「ゴッホの油絵」の事だと想うんですが

「ゴッホの油絵」って「ベタッ」としてますよね

いくら油絵とは言え、普通はもっと絵の具に「油」を混ぜて「サラッ」とさせるのに

極限まで「油」を混ぜる量を減らして、絵の具を厚く盛り上げるように描いてますよね

油絵の事なんか全然分からないので勝手な事を言いますが

そもそもべタッとしたら「描きづらい」と想うし

「油」を混ぜないんだから「絵の具代」もバカにならないと想うんです

「1枚も売れない貧乏」なら尚更ですよね

売れるようにいろいろ試したり、たくさん描いた方が良いだろうし

絵の具代なんかケチった方が良いに決まってるのに

でもそれより何より「自分」が大切だったんでしょうね

「油絵」って一般的に「厚塗り」すると「強く色が出る」らしく

「はっきりと美しい色が出るやり方」を「何よりも大事にしていた」んでしょうね

余計なものを「混ぜない」って言うのが、ある種のポリシーだったのかも知れません

 

最後に「ハイロウズのバームクーヘン」

これはもうカンタンですよね

「ハイロウズ史上最高傑作」と呼ばれるアルバムで

歌詞の意味よりも強度に趣きを置いた

「思考停止のロックンロールのピーク」と呼ばれるアルバムで

一言で言えば「サイコーだ」って事です

 

 

今書いた「これ」を全部まとめて

「それ」が「今のレテパシーズだ」って事になると

「今のレテパシーズ」がどれだけ「素晴らしい」かは

さすがに分かってもらえましたよね

「ここがこうでこうだから、なるほど、だからレテパと同じって事か!」なんて

今年はそこまで詳しく全部までは解説しませんからね

いい加減疲れてきちゃったし

何より「イメージ」が大切ですからね

 

何はともあれ、「レテパは1人少ないけどガンバ!」って応援コメントに

「今年も超頑張りまーす!」って返してくれた「今のレテパシーズ」が

ハイコーフェスで「頑張らない理由」は1つもないので

最後までちゃんと残って見てくれた皆さんはもれなく

「完璧な不良少年少女」として「ハイコーフェスを卒業」ですね

次の日から生きるのが辛くなるくらいに

全てを燃やし尽くして、それで終わりましょうね

 

やべー、超長くなっちゃいました

こんな「クソ長いだけの紹介」ばかり書いて、ついつい熱くなっちゃいました

でも「クソ」がポイントだから頑張りますね

 

最後に1つだけこれは書かなきゃいけない事があって

レテパはメンバーチェンジが多いので

5回目の出演ですが毎年初出演みたいな感じで

なかなか皆さんもメンバーが覚えきれないかも知れませんので

最後に今度こそ最終形態となった

「僕のレテパシーズ」のメンバー1人づつ紹介して終わりましょうね

 

ボーカルの「古宮くん」は「もはや説明不要」ですね

今まで書いてきた事の全てが「古宮くん」です

「古宮くん」は「ただの天才」です

「僕のレテパシーズ」の「風景」であり「美しさ」であり「純粋さ」であり

「儚さ」であり「残酷さ」であり「弱さ」であり「寂しさ」であり

「凶暴さ」であり「脆さ」であり「哀しさ」であり「楽しさ」であり

「その他の感情全て」でもあります

だからボクは「古宮くん」が歌っている姿を見ると「ロックンロールな気分」になるんです

「本当は天才なんてこの世に存在しないんじゃないか?」って

「ただの天才」を見てたはずなのに「ただの人間」を見ているような気持ちになって

それでも「必死」に「本気」で「全部を出し切る」から「古宮くん」は

これが「最強」って事だし、「クソ格好良い」って事な気がします

 

 ギターの「はなえもんさん」は「魔物」でしたよね

でも「カワイイ魔物」で「キュートな魔物」で

ボクは「はなえもんさん」が「ラブラブジュース飲ませてくれよ」くらい大好きで

「ハイコーフェスの出演者の中で誰と会いたい?」って質問されたら

「はなえもん!」って即答できるくらいに魅了されちゃっています、虜です

「はなえもんさん」は一昨年がハイコーフェス初登場でしたが

見た事もない喜怒哀楽をギターに乗せて聴かせてくれて大ブレークでしたよね

でもあの時の「はなえもんさん」が「魔物」だとしたら

去年の「はなえもんさん」は「超魔物」で

「ハイコーフェスへ掛ける想い」みたいなのが全身から溢れ漏れちゃってて

「ハイコーフェスを愛する気持ち」がつまりは「ラブラブジュース」なんですが

その「ラブラブジュースの量」が群を抜いていて

とにかくボクはこんなに愛された事がないくらいに愛されてしまって

「タマキン」が「空っぽ」になるくらい「気持ちいい気分」でした

それぞれにそれぞれの「ギターヒーロー」ってたくさんいると想うんです

でも「ボクのギターヒロイン」は「はなえもんさん」だけで心底愛しちゃってます

ところが今年は「大ピンチ」です

「超魔物ギターヒロイン」がまさかの「前十字靭帯断裂」で現在必死のリハビリ中なのです

バレリーナみたいに開脚したり、足を大きく上げたり

ギタリストなのにギターを弾かずに

「体で弾いて見せる」って言うのも「はなえもんさん」の1つの大きな武器なのですが

今年は「御預けを食らう可能性」も少なからずある訳です

なんて言っても「前十字靭帯断裂」ですからね、重症ですからね

9/15に手術したみたいなので「普通」はステージになんか立てませんよね

でもどんな姿であれステージに立つのが「超魔物」ですからね

固定してでも松葉杖を突いてでも

きっとハイコーフェスのステージに立ってくれますからね

「無理しないで下さいね」って言って「無理しない人」じゃないんです

「無理しないで下さいね」って言っても「無理する人」なんです

なのでステージに立っただけでも「感動の名シーン」なんだけど

それで終わらないのが「超魔物の超魔物たる所以」ですからね

だって、「もう何も考えたくないよ、ロックンロール、ロックンロール、ボクを殺してくれ」って

今年のハイコーフェスの「サブキャッチコピー」は「はなえもんさん」の名言なんです

そしたら「ロックンロール」が始まった瞬間に何も考えられなくなるのが「はなえもんさん」だから

「死んでもいいくらいの覚悟」でギターを弾いてるのが「はなえもんさん」だから

「やり残した事」を抱えたまま千葉に戻るなんて考えられないから

「情け」も「同情」も必要ないので

全然安心して「ラブラブジュースまみれ」になってもらえたら嬉しいです

思っ切り期待して下さい、きっとこの人のギターが今年も「偏った愛情の象徴」になるんです

 

 ベースの「飯田さん」は「助演男優賞」でしたね

去年がハイコーフェス初登場だったにも関わらず

「助演部門」のタイトルを総ナメする勢いで末恐ろしい存在でしたね

「ピンク色の長髪」に「奇抜な見た目」で

ただ立ってるだけでも「存在感」があり過ぎでしたよね

そんな「存在感の塊」がステージの上で飛んだり跳ねたり叩いたりで

歌舞伎役者みたいに髪を振り回して演奏するんだから

そりゃあ盛り上がらない訳がないですよね

「ハイコーフェスで見てきたどのベーシスト」より

「圧倒的」で「情熱的」な「ビックバンみたいな演奏」で

とは言え「決して主役を食わない」のが「飯田さん」の凄いところで

どこまでも「古宮くん」を立てるんですよね

あれだけ前に出てくるのに古宮くんの邪魔はしないんです

しっかり周りが見えていて、だから「下品」にならないんでしょうね

1番熱くなってそうに見えるのに実は1番冷静にも見えて

「バンド」って「塊」で見た時に「手綱」を引いてる感じもして

「クレージーで頭がピンクの人」って「イメージ」は「間違い」なので

「クレーバーで頭の切れる人」で「覚えて」下さいね

とは言え、「飯田さんの活躍」って

実はそんなにビックリする事ではなかったのかも知れませんね

「いろんな意味でこんなブイブイ言わしてるベースの人、初めて見たなー」って

なんだか偉く興奮してしまったけど「

当然」といえば「当然」だったのか知れませんね

去年も書きましたが「飯田さん」って「あの元セバスチャンXのベースの飯田さん」です

「セバスチャンX」って「メジャーデビュー」もした人気バンドで

ゴマシオにお茶しに来た若い女の子たちが「セバスチャンX」のトートバックを持ってたり

「セバスチャンX」のiPhoneケースを使ってたりしてた人気バンドで

「その飯田さん」が「あの飯田さん」なんだから

「飯田さん」にして見れば、あれくらいは「当然」だったのかも知れませんね

そんな「飯田さん」にも「ビックリニュース」があって

「存在感の塊」の源だった「ピンク色の長髪」をバッサリと切り落として

なんだか今年は「インテリ風イケメン」なのです

「クレージーで頭がピンクの人」ってボクの勝手なイメージを破壊したくてか

「クレーバーで頭の切れる人」ってボクの勝手なイメージに便乗してか

見るからに「クレーバーで頭の切れる人」になっちゃったのでどうぞそのまんま覚えて下さい

それとこれも書いとこう、去年の打ち上げの時にレテパのメンバーが口々に

「飯ちゃんがこんな楽しそうにしてるの初めて見た」って言っていて

「ハイコーフェスを相当気に入ったと思うよ」って言っていて

「進藤さん、ハイコーフェスまた来年も絶対やりましょう!オレまだ1回しか出てないもん!」って

最後には「飯田さん本人」から熱いラブコールをもらえたので

「もっと大きくて有名なたくさんのフェス」に出演してきた「飯田さん」に褒められたのが

それがすごく嬉しかったので書き残しておきます

 

ドラムの「アディーさん」は「仕事人」ですよね

古宮くん以外で唯一です

「アディーさん」だけは初めてレテパが出演した時からの生き残りメンバーで

ハイコーフェスではすっかりおなじみの「姉御」です

メンバーチェンジが激しいレテパの中で

「古宮くん」が一向に手放そうとしないんだから

「アディーさんの重要性」ってつまりはそう言う事で

古宮くんが最も信頼してきたのが「アディーさん」なんでしょうね

そしてここに気づいている人がいたら相当な「ハイコーマニア」ですが

実は「アディーさん」って歴代出演者の誰よりも

ハイコーフェスのステージに立った回数が多い人で

レテパ以外に「コークス」で1回、「そのさきのむこう」で2回、「平井さんのサポート」で2回と

レテパとか合計すると「9回」もステージに立っているんです

そう考えると「平井さん以上にミスターハイコーフェス」なんですよね

でも何でしょうね、実は誰よりも「ハイコーフェスのステージの事を知り尽くしている人」なのに

「デカい顔」をしないと言うか全然偉そうじゃないんです

なんかその辺も「仕事人」って感じで「職人」って感じで「カラッ」としてて大好きです

「カラッ」としてると言えば「アディーさん」の「ドラム」もそうですよね

「腰の入ったキレのあるドラム」で有名ですが

どこか「カラッ」とした感じもありますよね

「乾いた音」って言うか、「パキッ」とした、「サクッ」とした

「角が立った音」みたいなのが「アディーさんのドラム」で

全然「しつこくない」から、ついつい「おかわり」したくなっちゃいます

そしてやっぱりこれも書いておこう

ボクは「アディーさん」のステージの上以外の姿もすごく好きで

いつも後ろの方に座って他の出演者のライブを真剣に見てくれていて

いちいちハイコーフェスに感動してくれて、それが何より嬉しいです

見た目的に「ストイック」だし「職人肌」だし

「男勝り」だし「超不良パンク少女」的な「アディーさん」だけど

実際の「アディーさん」って超腰が低くてチャーミングな人なので

「大好きなんだけどビビって話しかけれなかった」なんて人は

今年こそぜひぜひ勇気を出して話しかけてみてくださいね

きっと「なまら嬉しいなー」って道産子弁で微笑んでくれますからね

 

こんな素敵な4人組が「ボクの大好きな今のレテパシーズ」で

今この地球上で「最もクソ格好良いパンクロックバンド」です

毎年ハイコーフェスに無理矢理合わせて

あたらしいアルバムを持って来てくれたレテパだけど

今年はいろいろとトラブル続きだったみたいで

3枚目のNEWアルバムは恐らくお預けになりますが

「リクエスト了解!覚悟したまえ!」って古宮くんが言うんだから

「ハイコーフェスの進藤くん」の事ですからね

もしかすると「サードアルバムから全曲」なんて

バカなリクエストを送ってる可能性もありますからね

もしかしたらハイコーフェスが「1番最初のリスナー」になるかもなので

皆さんも「覚悟したまえ!」です

「人類初」になれるチャンスなので、チャンスを掴みに来てください

何が「チャンス」なのかは、とにかく見に来てくれたら分かりますから

そこら中に「ロックンロール」の「破片」が飛び散ってますからね

 

何はともあれ、「再会はできない、そんな気がしないか?」

一度は燃え尽きたはずのハイコーフェスなんか

燃え殻同然のハイコーフェスなんか

いつでもまた作れるからためらわず壊して欲しいんです

 

散々「想ったつもり」だから、あっけないほどかんたんに壊して燃やしておしまいです

 

あと7年後には「二代目僕のレテパシーズ」として東京に上京する「さんちゃん」が

「やっぱレテパが最後しょ!」って言うんだから

「ヒロシしかいないしょ!」って言うんだから

「ヒロシ、ちんこ出せ!ちんこ!」って期待してるんだから

 今年も本当に「お待たせしました、僕のレテパシーズの登場です!」

さんちゃんが掴みかけてる「ロックンロール」が「僕のレテパシーズ」だから

今年も「未来」を背負って歌ってもらいますよ

  

今年もアンコール起こるかなー?

ボクは起こると信じてるけどなー?

どーかなー?どーだろなー?

でも安心して!もう全部大丈夫だもんね!

「もう何も考えたくないよ、ロックンロール、ロックンロール、ボクを殺してくれ」ですよね

今年はいつもみたいに「僕のレテパシーズの登場です!」なんて言いませんよ

だって今年は「ボクの君のみんなの僕のレテパシーズの登場です!」って送り出してやりたいですからね

 

「ボク」を殺せるのは「僕」だけさ

だったら尚更、「僕のレテパシーズ」で「お別れ」しましょうね

 

「ありがとう!さようなら!ハイコーフェス!」

 

「ありがとう!愛してるよ!バーカ!」

 

「ボカーン!!!(完全消滅)」

 

 

 

追伸:近江さんがどうして、「クソ格好良いロックンロール」なのか、

  その理由だけ書き忘れていましたが、近江さんはコンドームを付けないので、

  いつだって「本気」で、いつだって「危険」なので、「「クソ格好良いロックンロール」に登録お願い致します。

 

 

 

レテパスタッフでハイコーフェスにも同行してくれる「はせがわだい君」が作ってくれた素敵なMVです!

MVなのに50分くらいあるから、これはドキュメンタリーかロードムービーって事にしよう!

これを見ればハイコーフェスの予習はバッチリなので月9見るよりこっち見ろよ!

ところどころに面白い人たちも出てくるので、去年ハイコーフェスに来てくれた皆さんは見た方が良いですよ!

そういえばこの日、ハイコーフェスの前日に古宮くんと再会した時、

「どーしたんですか?進藤さん、そんな松田優作みたいになっちゃって!」って言われたけど、

「髪」なのか「服装」なのか「顔」なのかで色々対策も変わってくるので、今年会ったら聞いてみよう!