【ボクが大好きな2人Jaaja+ジャイアントステップスA2C+石丸だいこについて】

【ボクが大好きな2人Jaaja+ジャイアントステップスA2C+石丸だいこについて】

 

ハイコーフェスまで残り「15日」ですね。

ハイコースタッフのみんなも少しづつソワソワし始めていて、

変わる変わるでゴマシオに様子を見に来てくれています。

去年も前日、当日と一緒に準備してくれるスタッフが減ってしまったのですが、

今年はさらにスタッフが10人くらい減ってしまって、

誰だって「生活」があるし、「好きなものは変わって当たり前」だし、

ボクに愛想を尽かした人もいるかもだけど、

どんなに変わっても変わらなくてもそれがハイコーフェスだから、

「やりたい人」で「やれる限りでやる」のがハイコーフェスだから、

それが「どんなハイコーフェス」になるのか分からないけど、とにかく頑張るしかないですね!

 

タミさんとサワちゃんは会場の装飾花作りを頑張ってくれていて、

飴子さんは顔ハメパネル作りと出演者のイラスト付きカップ作りを頑張ってくれていて、

カオちゃんはハイコーチェキ券作りを、藍さんは「特命任務」を、

みんなそれぞれに「しあわせをひきかえ」に頑張ってくれています。

もちろんその他のスタッフのみんなも前日、当日と頑張ってくれる訳で、

「面倒臭いなー」とか、「疲れたなー」とか絶対思うと想うんだけど、

でも全部「ハイコーフェスでお返しします」ので、どうか最後まで一緒に楽しみましょうね。

「面倒臭いとか疲れたが足りないとハイコーフェスって感じがしない」なんてみんな言ってくれていて、

泣いても笑ってもあと15日で全部おしまいかと想うと「呆気ないボクら」です。

 

皆さんも気にしてくれている、前売りチケット予約数は今日で「186人」です。

「この前からほとんど伸びてないじゃん!」って思うかもですが、超頑張ってるつもりで、

とは言え「超頑張ってるつもり」でも「結果」が出ないと「超頑張ってない」って事なんでしょうからね。

「紹介文なんか書いてる時間あったら、もっと人脈を広げた方が良い」なんて言われたけど、

「貸し借り」で「ハイコーフェス」に来て欲しくないと言うか、

できれば「信じて来て欲しい」し、

それが無理なら「騙されたと思って来て欲しい」から、ボクは想いを書くしかないんです。

 

 大森靖子さんの紹介文を書いた時に20人くらい一気に予約が増えたんです、

そんな事は滅多にある事じゃないけど、でも「そういう人」がいる事は確かで、

非効率的なのかも知れないし、意味ないかも知れないけど、だからボクはやるしかないんです。

 

そもそも「紹介文を読んでハイコーフェスに興味を来てくれる人」なんか、

どれ程度いるのか分かりませんしね、いたとしても数人いれば良い方なのかも知れません。

でも仮に1人でもいれば「意味」はありますよね?

一応頑張った事にしてもらえますよね?

みんな「やさしい」から、久しぶりに「愛のない言葉」を聞いて打ちのめされた気分だったけど、

こんな悔しさや悲しみも全部ひっくるめて「ハイコーフェス」でしたね!

なんか今年は「良い子ちゃんモード」に突入しててこの感じを忘れてました!

想い出なんか「どうせ最後には全部面白い」に変わるんだから全部飲み込んで頑張ります!

まだ全然諦めてないし、まだ全然頑張れますからね!

「ぼくたちは世界を変える事はできない」けど、

「ボクたちは世界を変える事ができる」って信じてもらえるまでボクはしつこく頑張ります!

 

いよいよ終盤戦!ここからが本当の後戻りできなくなった悪ふざけの醍醐味です!

どうか皆さんも一緒に「悪ふざけ」の「悪あがき」してついて来てくださいね! 

 

そんな訳で前置きで疲れちゃいますね!どんどん書かなきゃですね!

出演者紹介8組目は「ハイコーフェスを越えていきましょう」って

どこまでも加速する存在感で、なくてはならない存在です!

賑やかで怖いお面のあの人たちが今年も得体の知れない仲間と共にびっくり仰天大行進!

「PLUTATA」、「Jaaja」と通算すると5回目の出演は

「2人Jaaja+ジャイアントステップスA2C+石丸だいこ」の登場です!

 

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【ボクが大好きな2人Jaaja+ジャイアントステップスA2C+石丸だいこについて】

 

 

「どうでもよくなってからがハイコーフェスです」

まるで「神様からのお導き」のように発せられたこの一言を

ボクは死ぬまで心に刻もうと誓ったんです

 

去年のハイコーフェスに来てくれた皆さんはご存知かと思いますが

去年ボクはプルタタの最後の曲「パレード」って曲の時に

ジャイアントステップスの凪子さん指導の下

「平井正也さん」と「澁谷くん」を引き連れて

大きな「龍」の操り人形を持ちながら

まるでプルタタ楽団の一員みたいに体育館を練り歩きさせて頂きました

自慢する訳じゃありませんが会場中が本当に大騒ぎで大変でした

 

あの時のボクは、体育館の1番後ろから登場して来た訳ですが

ちょうど真正面では「ゆーにゃんさん」が歌っていた訳で

ボクなんか想い込みだけで生きてるようなアホですからね

ステージの上と下、ボクと真っ正面に向き合う状況をわざわざ作ってくれたのかなーって

それはまるで「天」と「地」を意味している様にも想えてしまって

「これってモーセの十戒で見たシーンだなー」って

「ありがたい気分」になっていたんです

 

「どうでもよくなってからがハイコーフェスです」

まるでタイミングを見計らっていたかのようにしっかりと言い切った後

ボクの目を見て、恥ずかしそうに笑ってくれて

もちろんあれは「会場にいるみんな」に言ってくれた言葉だったけど

でもボクには「ボクだけ」に向けて言ってくれた言葉のような気もして

「どうでもよくなってからがハイコーフェスです」は

いつからか「ゆーにゃんさん」がステージで必ず叫んでくれるようになった「大事な言葉」で

もちろん誰が口にしても「名台詞」であることに変わりはないんだけど

それでもやっぱり「ハイコーフェスの神様」の口から聞かない事には

それは決して「神様からのお告げ」にはならない訳で

あの時の「神様の顔」は本当に「やさしい顔」で

あの瞬間に「ボクの中のバケモノ」は「成仏」したんです

おかげであれから今日まで

ボクの中に「バケモノ」が現れた事は1度も無く

ボクは今日もヘラヘラ笑っていられる訳です

 

もしあのままボクの中に「バケモノ」が残っていたら

きっと今年も「危ないハイコーフェス」になっていた事でしょうね

ハイコーフェスが好きで好きで仕方なくて

好きって「狂気」ですからね

どんどん「好き」が「エスカレート」して

次第にどんどん「危なく」なって

ムキになって、でもどうすることも出来なくて

「自分がどれだけハイコーフェスを好きかって事」を示すだけの場になっていた気がしたんです

そんな「危ないハイコーフェス」に成り掛けて

すっかり「笑うこと」を忘れていたボクが

今ではこんな風にヘラヘラ笑いながらハイコーフェスを愛するようになれたのは

きっと「あの言葉」があったからこそで

「どうでもよくなってからがハイコーフェスです」

まるで「神様からのお導き」のように発せられたこの一言だけは

決して忘れまいと心に誓ったんです

 

 

それにしても、どうしてあの時「ボク」を誘ってくれたんでしょう?

事前にしっかり打ち合わせをしていたかのような素晴らしさだったので

もしかしたら「仕込み」みたいに思った人もいたかもだけど

あれって本当に本番の何分か前にゆーにゃさんさんに頼まれた事で

「進藤くん、うちらのライブ中に龍やって欲しいんだけど」って

「ジャイアントステップスと一緒に最後の曲で出て来て欲しいんだけど」って

「平井くんと誰かハイコーフェスのスタッフをもう1人やってくれる人いるかなー」って

本当にビックリするくらい「急」ですからね

「龍を操ると楽しいんだわ!せっかく楽しいんだから進藤くんにやってもらいたいなー」って

頼む人によっては怯んで断ってしまうくらいの「大役」ですよね

でもなんて言えば良いのか、ボクはめちゃめちゃワクワクしたんです

たくさんのお客さんにちょっかいを出しながら大笑いしてステージの方に進んで行くと

ステージの上でゆーにゃんさんも笑ってくれていて

「普通」は「ステージ側の人たち」って「嫌」だと想うんです

「全然関係ない人」が自分たちのライブに便乗する形で大騒ぎしたら

もしかしたら会場は盛り上がるのかも知れないけど

ステージの上で「真剣に音楽を演っている人たち」にしてみたら

真剣に演ってるからこそ嫌だと想うんです

でもプルタタに限っては「そんなくだらない事」

屁とも思っていない顔をして、むしろ笑ってくれたんです

「その空間を支配している出演者が偉い」とか

「その空間を企画した主催者が偉い」とか

「その空間にわざわざ来てくれたお客さんが偉い」とか

「誰のおかげ」とか「どうでもよくなった」んです

そんなことを全て忘れさせてくれて

「誰のおかげ」で楽しいじゃなくて

「ただハイコーフェスが楽しかった」気がしたんです

「ハイコーフェスを越えていきましょう」

今年ゆーにゃんさんから届いた「ハイコーフェスへのコメント」を見た時に

つまりは「あの感覚」が「ハイコーフェスを越えるって事なのかなー」って

今になってそんな風にも想っています

 

 

ところで皆さんは「ハイコーフェスの風景」を想い出す時に「どんな風景」を想い出すでしょうか?

誰がステージに立っていて、どんな「ハイコーフェス」がパッと頭に浮かびますか?

みんなそれぞれのハイコーフェスがあるでしょうからね

「ハイコーフェスのハイライト」はそれぞれで違って当たり前でしょうが

「ハイコーフェス」ってイメージしてパッと頭に浮かぶ風景って

「プルタタとジャイアントステップス」だったりしませんか?

「ちょっと怖いお面」や「大きな骸骨」だったりしませんか?

それってつまりは「異常なほどに華がある」からこそで

強烈に思い出としてこびり付いてるからな訳で

「インスタ映え」じゃないですけどね

やっぱり人を惹きつける「何か」が確実に存在している訳で

「プルタタとジャイアントステップス」に限っては

「ハイコーフェスにいてくれるだけ」で「意味」があって

分かりやすく「ハイコーフェスって世界で1番面白い場所のシンボル」だった訳です

そんな「プルタタ」が今年は出演していないんだから

「ジャイアントステップス」が今年は1人だけになっちゃったんだから

「プルタタとジャイアントステップスがいないハイコーフェス」なんて

「太陽の塔がない大阪万博記念公園」みたいな感じだし

「巨人兵がいない風の谷のナウシカ」みたいな感じですからね

「おい!おい!主催者しっかりしろよ!」って、さぞやガッカリした人も多かったと想います

 

本当にそのとおりですよね

「なんでプルタタとジャイアントステップスのスケジュールに合わせないんだよ!」って

「そんなハイコーフェスで良いと思ってんの?」って

自分で決めた事ながら本当に「主催者しっかりしろ!」なんです

 

最初はもちろん「プルタタ+ジャイアントステップス」での出演を依頼をさせて頂いた訳です

「いつもどおりのハイコーフェス」を期待していた訳です

「プルタタとジャイアントステップス」がハイコーフェスの「大きな華」って事は

ボクが誰よりも痛感していることですからね

「それなら何で?」って思いますよ

でも、ちょっと待ってくださいね

まだボクに不満をブチまけないでくださいね

今年は確かに「プルタタ」はいないけど

でもおかげで「Jaaja」が帰ってくるんです

「ジャイアントステップス」は「A2Cさん1人」かも知れないけど

でもおかげで「石丸だいこさん」まで見られる事になったんです

 

そしたらほら、皆さん想い出してくださいね

「Jaaja」って「あのJaaja」ですよ

もう二度とお目に掛かれないと想っていた

「あのJaaja」が再びハイコーフェスに戻って来るんですよ

「プルタタ」はいないけど「Jaajaの二人」がいるんです

「ゆーにゃんさん」と「クミちゃんさん」がいるんだから

きっと「あたらしい何か」を見せてもらえる事は「確定」してて

「プルタタ」で出演出来ないのはもちろん残念だけど

「マドカさん」がいないのも「トッキーさん」がいないのも

「いつも来てくれていたジャイアントステップスの面々」がいないのも

本当に悲しいくらいに「残念なこと」だけど

でもなんだかほら、「諦めきれない何か」が心の隅から顔を覗かせませんか?

何度も書きますが「Jaaja」って「あのjaaja」ですからね

ある意味「逆境」に立ったはずの「Jaajaの二人」が

ある意味「窮地」に追い込まれたはずの「Jaajaの二人」が

今年はどんな風にして「ハイコーフェスを驚かせてくれる」のか

こんな状況こそがつまりは「どうでもよくなってからがハイコーフェスです」って事ですからね

そしたらほら、「これも神様からのお導きなのでは?」なんて

「これはきっとあたらしいことが起こる予兆なんじゃないか?」なんて

「ハイコーフェスに天変地異が起こるのかな?」なんて心の奥がワクワクして来ませんか?

「Jaaja」って人を驚かせる名人ですかね

そしたら「ゆーにゃんさんとクミちゃんさんの事だからただで転ぶ訳がない!」って

なんでか逆に「期待」が持てたりしませんか?

もうすでにゆーにゃんさんの頭の中には

「今年のハイコーフェスの絵図」が描かれてるはずですからね

「練りに練られた妄想」が「現実」となる日はもうすぐそこなんです

 

 

ハイコーフェスはどんどんお客さんが入れ替わっていますからね

ここはちゃんと説明しとかないと「歴史」が分からない人もいるかもなので

ここで「Jaaja」について少し説明させてくださいね

「もう十分知ってるよ!」って人も復習として読んでみてください

 

「Jaaja」は3回目と4回目のハイコーフェスに続けて出演してくれた

ガチャガチャと賑やかで怖いお面を被ってて浮世離れした傾奇者で

登場した瞬間から大声援が上がる「ハイコーフェスの千両役者」でしたよね

「グワァーーン」と迫り来るような

「なんじゃこりゃー」ってみんな目を丸くするような

そんな「見たことも聴いたこともない音楽」を全身で表現するのが「あのJaaja」で

全てを受け入れて、全てに身を任せて、全てに許される

「諦め」とは違う、もの寂しくて、それでいてやさしくて

数いる歴代のハイコーフェス出演者の中でも指折りの人気者が「あのJaaja」で

「そのJaaja」がメンバーを入れ替え、バンド名を新たに再出発したのが「プルタタ」で

相変わらずのちょっと不気味な怖いお面がトレードマークに

「子連れ覆面楽団」として6回目、7回目のハイコーフェスに続けて出演してくれた

ハイコーフェスではおなじみの皆さんです

 

イソップ童話の「ハーメルンの笛吹き男」ってありますよね

「ブレーメンの音楽隊」ってありますよね

「Jaaja」も「プルタタ」も「この二つの童話を足して割ったような世界」から

こっそり抜け出て来たような感じで突然会場に現れてきて

どちらの童話も「少しだけ不気味さ」で

なんて言うか「灰色」って感じの「怖さ」があります

そんな独特な空気からか、出てきただけで会場が一気にザワつきます

この「心がザワつく感じ」がハイコーフェスには「なくてはならない存在感」で

「ワクワク」や「ドキドキ」を通り越して

「始まる、始まる」ってなんでか胸の奥が「ザワザワ」して

「ザワザワしている」のに「神聖な気持ち」にもなります

「世界観」って、ちょっと人と違ったりひねくれていたり

個性的な場合なんかによく使われますが

みんなの使ってる世界観なんか「この人たち」を見たら1秒で綺麗にぶっ飛んで

「偽物」のどこにでもある「ぺらぺらの世界観」とは完全に一線を引いています

 

「プルタタの音楽」って「Jaaja」が少し大人になったみたいな音楽でしたよね

まだ子供だった「Jaaja」って少年が「青年期」に入ったみたいな

「jaaja」よりスケールが大きくなった感じの音楽で

「超抽象的」で「モノクロみたいな世界観」で

「演劇」みたいな「オペラ」みたいな「ミュージカル」みたいな

「伝統芸能」みたいな「神社のお祭り」みたいな

「誰も知らない独りぼっちの宇宙から寂しそうに地球を見てる」みたいな

「動物の死骸を拾い歩き、名前のない星をずっと数えて暮らしている」ような

「少し埃っぽい得体の知れない音楽」でしたよね

 

ところで「Jaajaの音楽」はどうだったでしょうか?

基本的には「プルタタ」と似ていましたよね

「おもちゃ箱をひっくり返した」みたいな「ガチャガチャした」感じで

「おとぎ話」みたいな「お菓子の家」みたいな

「超抽象的」で「異国情緒たっぷりな夢の中みたいな世界観」で

「街全体がガチャガチャしているのに、でもいつも1人ぼっち」みたいな

「どこか遠くにあるはずの誰も知らない街を探している旅人」みたいな

「お母さんのお腹の中みたいな得体の知れない音楽」でしたよね

 

どちらにも「共通」して言えるのは

「死生観」がはっきり出ているところで

これはボクだけなのかも知れないけど

「どこか遠い国の賑やかで寂しいお葬式」をイメージしてしまいます

曲調の「暗い」、「明るい」に関わらず「生きる」とか「死ぬ」とか

「考えても決して分からない難しいこと」がいつも「裏側」にあって

とは言え、そんな「難しいテーマ」を隠す訳でも無く、押し付ける訳でも無く

この人たちが登場した瞬間に誰もが「幸せ」になれるんだから不思議です

仮に他の出演者に全然興味が持てずに

「この人たち」を見た「その瞬間だけ」が「その日1度だけの幸せ」だったとしても

「その幸せだけ」で何の悔いもないくらいに「別格の幸せ」があります

でも、そんな凄い人たちなはずなのに

「ただあっけらかんと人生を遊んでる」様に見せちゃうのがこの人たちの「本物たる所以」で

「感動の質」が「他の出演者とは違う方向」を向いてる気もします

 

 

そして今年は「プルタタを得ての2人Jaajaの音楽」で登場です

これはどうなるのか本当に想像が付きませんよね?

こんな説明ですからね

「なんか難しく書いてるけど、つまりはJaajaが進化したのがプルタタなんでしょ?」って

「プルタタの方がJaajaより格上って事だよね?」って想った人もいたかもですが

「どっちが凄いか」なんて本当に野暮な質問で

「比較対象がどっちも凄いんだから」答えようがないって言うのが正直なところですが

「Jaaja」から「プルタタ」に変わった時に

正直ボクは「Jaajaを超える訳がない」と想っていたんですが

「あんなに大好きだったJaajaを超える訳ない!」って

「あんなに大好きだったJaajaより愛せる訳ない!」って

そんな風にここで「プルタタ」を紹介していたのですが

それがどうでしょう、初めて見た「プルタタ」の姿に

「ボクの想い出」はあっという間に塗り替えられてしまいそうで

なんとか必死に「Jaajaの想い出」は守りきりましたが

ちょっとでも油断していたら完全に塗り替えられていた気がします

とにかく隙を見せたらそれまでの「想い出」を丸ごと全部

「プルタタ色」に塗り替えられてしまいそうで

本当に「ヤバい」くらいに「凄かった」のが「プルタタの音楽」で

そんな「プルタタを得ての2人Jaajaの音楽」ですからね

この人たちには「信頼」しかないから、「裏切られた事」がないから

これはもう「期待」しかない訳ですよね

 

「プルタタの曲」を演奏するのか

「今までのJaajaの曲」を演奏するのか

それとも先日ついに販売が開始されたJaaja名義での5枚目のアルバム

「がいらいしゅのなきごえ」からの演奏になるのか

さっそく送って頂いたCDを聴いていますが

ゆーにゃんさんの真似をして「超抽象的」に書くと

「これまでのJaaja」が「夜霧の中から歩いて来る感じ」なら

「プルタタ」は「闇の中から歩いて来る感じ」で

「あたらしいJaaja」は「朝靄の中から歩いて来る感じ」で

明らかに「新境地への冒険」が確かに始まっていました

 

とは言え、本当のことを書くとボクには分かりませんでした

「良いとか悪いとか」じゃなくて「分かりません」でした

でも「分からない」のが「Jaajaの音楽」の「素晴らしいところ」だから

皆さんも決して「Jaaja」の歌を「分かろう」なんて想わないでくださいね

もし「ゆーにゃんさんの伝えたい事が分かった!」なんて人がいたなら

ボクにこっそり教えて欲しいくらいだし

ボクはもう10年以上この人たちの歌を聴いていますが

未だに「分からない」ことだらけで

だからってそれが「悪いこと」では全然無くて

むしろ「分からない」から「面白いままでいられる」気もしてて

分からなくても「突き放さない」し

分からなくても「抱きしめて」くれるし

Jaajaの音楽の懐の深さは計り知れませんからね

分からないまま、ただ飲み込まれたいんです

飲み込まれたら考えること自体が「どうでもよくなってくる」し

見たまんま感じて、見たまんま笑って、見たまんま泣いてしまえば良いんです

 

そうそう、「ハイコーフェスを越えていきましょう」って

今年ゆーにゃんさんから送られて来た「ハイコーフェスへのコメント」を読んだ時

ボクはちょっと気になったんです

「越えていきましょう」って、疑問に思った人はいませんか?

「”超えて”いきましょう、じゃないんだなー」って

「”越えて”いきましょう、なんだなー」って、そう思った人はいませんか?

ボクはなんとなく「こえる」って言葉を使う時に

無意識に「超える」って言葉の方を使っていたんですが

ゆーにゃんさんがハイコーフェスに贈ってくれた言葉は「越える」の方で

別にそこに「意味」なんかないのかも知れないし

なんとなく「越える」だったのかも知れないけど

ゆーにゃんさんって「超抽象的」が持ち味でしたよね

きっとそこには「何か深い意味」がある気がして

ボクは何日も勝手にいろいろと考えたんです

 

「別に大したこと」では無いのかも知れないし

「文法的にどっちが正しいか」とかじゃ無くて

「本当のところ」はゆーにゃんさんにしか分からないことだけど

でも勝手に解釈して勝手に納得して勝手に喜びたくて

多分、ここを読んでくれている「物好きな皆さん」は、きっと「こっち側の人間」ですよね

「ちいさな偶然」で「わざと盛り上がる」のが「ボクと君のハイコーフェス」ですもんね

もはや出演者紹介でもなんでもないかも知れないけど

「ハイコーフェスを越える」と「ハイコーフェスを超える」の「違い」について書きますね

 

まずは「越える」と「超える」ってどう違うんでしょうね?

ウィキペディアで調べてみると

「越える」は「一線を越える」とか「ラインを越える」とか

「山を越える」 とか「度を越えたいたずら」って使い方らしく

ボクのイメージとしては「常識的に越える」って感じです

 

「超える」は「過去を超える」とか「想像を超える」とか

「能力を超える」とか「理解を超える」って使い方らしく

ボクのイメージとしては「圧倒的に越える」って感じです

 

「超える」の方が見るからに「凄い」感じで

「越える」くらいの感じだと割と「余裕」な気がしてきますよね

「ハイコーフェスを越えていきましょう」だと

「例年よりちょっと楽しいくらいの感じ」で良さそうな気がします

 

ところで「超越」って言葉がありますよね

「越えるを超える」ってことで

「あの人は超越している」みたいな「超凄い」みたいな意味で使いますよね

でも「超越」には「超凄い」って意味の他に

「普通を越えて”超える”まで行くと興味自体がなくなる」って意味もあるそうで

そしたらなんて言うか、安易に「そこまではいっちゃいけない」気がしませんか?

「大きく超えていくこと」が「本当にいいこと」なのか分からなくなりませんか?

「越えちゃいけない一線」だけは「超えず」にいる方が「しあわせ」な気がしませんか?

 

「ハイコーフェスを超えていきましょう」だと「過去」にこだわり過ぎてて

「ハイコーフェスを越えていきましょう」だと「前」を向いてて

「ハイコーフェスを超えていきましょう」だとハイコーフェスは終わる気がして

「ハイコーフェスを越えていきましょう」だとハイコーフェスは続く気がして

「いつまでも度を越えたイタズラくらいの感覚」で

「いつまでもヒョイっとラインをまたぐ位の軽い気持ち」で

「過去」とか「これまで」と比べる事なく

「出演者」とか「実行委員」とか「お客さん」とかそんな「肩書き」も関係なく

「ただ自分の楽しいってラインを越えたらそれで満足だなー」ってそんな風に想えてきて

「今までのハイコーフェスを超えてやりたい」って想いが強すぎて

「せっかく来てくれたみんなを今まで以上に楽しませてあげたい」って想いが強すぎて

「だからこそあんなに苦しかったのかなー」って

「だからこそボクはハイコーフェスが楽しいより苦しいになっていたのかなー」って

「ボクのハイコーフェス」は「圧倒的」とか「超越」とか

「そればかり」を目指していた気がして急に恥ずかしくなったんです

 

ハイコーフェスはこれからどこに向かって行くんでしょう?

「前」と「後ろ」、どっちが大切なのでしょう?

答えはかんたんですよね

ハイコーフェスで「最も圧倒的で超越していた人たち」言うんだから

「ハイコーフェスを越えていきましょう」で間違いなくて

目の前の「ハイコーフェス」だけを「越えて」いけば良いんです

 

「決して超えずに、でも越えていきましょう」

きっと「神様」はそんな事をボクに伝えたかった気がして

なので勝手に納得しています

おかげで今年は「本当の意味」で心の底からワクワクしています

「楽しいふりを見せる」んじゃなくて

「楽しんでやろう」って想っていて

まだ始まってもいないのに、むしろすでに「楽しい」です

ハイコーフェスなんか「ただの遊び」なんだから「遊べる範囲」で「ただ楽しめば」良いんです

「遊びの範囲」を「超えて」しまったら

今この瞬間のハイコーフェスを心の底から「世界で1番面白い場所」と叫べなくなったら

それはもう「ハイコーフェス」なのか分からなくて

「ボク」とか「君」とか「みんな」とか「過去」とか、もうどうでもいいんです

なので皆さんもぜひ、この人たちがステージにいる間だけでも良いので

「ハイコーフェスを越えていきましょう」

1番シンプルで1番大切なことはやっぱりいつもこの人たちのステージにある気がします

 

 

長々と出演者紹介じゃない余計な事ばかり書いてきましたが

今年注目すべきは「ジャイアントステップスA2C+石丸だいこについて」ってところですよね

「プルタタとジャイアントステップス」が「最強」だった事は

「ハイコーフェスの華」だった事は認めざる得ない事実です

今年は「あの感じ」が見れないかと想うとやっぱり「やり切れなさ」もあります

ボクも皆さんと同じように「プルタタとジャイアントステップス」を見て衝撃を受けた1人で

「こんな凄い世界があるのか!」って本当に本当に驚いたんです

どちらを見てれば良いのか分からないくらいに「贅沢」で

1回でも「プルタタとジャイアントステップス」を見ちゃうと

誰だってあの「贅沢感」が欲しくなっちゃって

「あの感じ」を「超える」となると相当ハードルが高いのは誰に目にも確かです

でも「去年のハイコーフェスを超えなくて良い」なら話は別ですよね

「今年のハイコーフェスをちゃんと越えれば良いだけ」なんだから

後は見ている「ボク」や「皆さん次第」でいくらでも「越えられちゃいます」よね

ゆーにゃんさんの事ですからね

「意味無くこのバンド構成」で出演してくれる訳がないんです

意味がありそうな事に意味を失くさせて

意味のないことに意味を持たせる天才がゆーにゃんさんですからね

きっとボクらの「想い」を全部踏まえた上で

「2人Jaaja+ジャイアントステップスA2C+石丸だいこ」で登場ですからね

 

ジャイアントステップスと言えばやっぱりあの巨大な骸骨の操り人形ですよね

正式には「巨大傀儡」って言うらしいですが

4メートルくらいあるあの骸骨が会場を「異空間」に変えて

一瞬にして「感動の坩堝」に誘うハイコーフェスの人気者ですよね

皆さんの悲鳴を承知で書きますと

みんな大好きな「あの大きな骸骨の操り人形」が今年も登場するのかはまだ分からなくて

今年は「今までのジャイアントステップスの皆さん」ではなく

「ジャイアントステップスの若頭」と呼ばれる

「A2Cさん(アツシさん)」がたった1人で初登場です

なのでボクにも何が飛び出すのか全く想像が付かなくて

皆さんに耳寄り情報を教えてあげることができません

でも安心してください、「A2Cさん」って「ジャイアントステップスの若頭」ですからね

「舎弟」でも「鉄砲玉」でもなく「ジャイアントステップスの若頭」なんだから

これは「期待」しかありませんよね、「格」が違う訳です

「若頭クラス」は常に「何が飛び出てくるか分からない状態」ですからね

1人だからって「舐めてかかる」と「殺られちゃいます」からね

どうか「感動の防弾チョッキ」を装着の上、「A2Cさん」から目を離さないでくださいね

 

そしてこちらも初登場

「石丸だいこさん」について紹介しますね

「石丸だいこさん」は「ダンサー」です

「ダンサー」って書くと「ダンサー」みたいだけど

「表現師」って感じもするし、「舞踏師」って感じもするし

「振り付け師」や「俳優さん」もしているらしく(アマゾンに主演映画も売っていました)

はっきり言って「只者」ではありません

ボクは去年YOUTUBEでプルタタのライブ動画を見ている時に

プルタタと一緒にステージに立っていた石丸だいこさんを初めて見たんですが

一言で言うとやっぱり「只者ではありません」でした

実は去年から「この人も一緒に連れて来てくれないかなー」なんて想っていて

そしたら今年は見事に願いが叶ってしまって

とにかく「只者ではありません」からね

相当「只者ではありません」からね

「大人」か「子供」か分からなくなるくらいに

究極までに削ぎ落とした細く小さな体で

「誰にでもできそうな動きで、誰にも真似できない動き」を見せてくれるんです

華麗なステップなんかありません

綺麗にクルクル回ったりもしません

でもどんな素敵なダンサーよりも明らかに「踊って」いて

究極は「目玉」だけでも「口」だけでも踊っていて

ダンサーですからね、動いてナンボのはずなのに

むしろその場から一歩も動かなくても「踊って」見せてくれるから

「踊る」って「概念」を180度ひっくり返して見せてくれるので乞うご期待です

 

とは言え、「龍」と「虎」と「鷹」が同じステージにいるみたいで

「カツカレー」と「お刺身三点盛り」と「キムチ鍋」が食卓並んだみたいで

正直もったいないなー」って想っちゃいますよね

どんなにJaajaに集中しててもジャイアントステップスが見たくなりますよね?

どんなにジャイアントステップスから目が離せなくても石丸だいこさんの動きも見たいですよね?

石丸だいこさんに魅了されてもやっぱりJaajaも気になりますよね?

目玉が何個もあれば良いのでしょうが、それが出来ないんだから本当に残念ですよね

「あるべき場所」に「揃うべきして揃って」しまった「トリプル主演の三組」のステージです

ここまで来たら目で追うよりも感じてください

「どこまでも加速する存在感は無限大」

目を閉じてても感じられる「存在感」がこの人たちですからね

 

「どうでもよくなってからのハイコーフェスの続き」が今年も始まります

ハイコーフェスには「サイコーの出演者」を揃えているつもりですから

誰が1番で、誰が2番とかは順番は付けられませんが

でも「ヤバさ」で言えば「衝撃」で言えば

この人たちを超える人はやっぱり他にいなくて

お客さんどころか出演者の皆さんまで眼をキラキラさせて

出演者なら少なからずは誰だって「自分の方が良い」って想いがあるのに

でも「そんな事」すら忘れさせてくれるくらいの「何か」がこの人たちにはあって

心が思わず反応しちゃうくらいの「ヤバさ」と「衝撃」に

誰もが同じ方を向いて、誰もが嬉しそうな顔をして

拍手をしたり、カメラを構えたり、口をあんぐり開けたりして

ハイコーフェスって最初から最後までクライマックスで

「今日ここである事が世界で一番面白いと思ってきてくれて本当にありがとう」なんだけど

「あなたも私も無い気分」になれる瞬間はきっとこの人たちがステージにいる時だけです

 

 

 

ハイコーフェスを越えてボクらはどこに行くのでしょうね

行き先はいつもこの人たちだけが知っていますからね

「この世界」で「芸術とか呼ばれるもの」が好きな人はぜひ見に来てくださいね

「この世界」で「神様とか呼ばれるもの」が好きな人はぜひ見に来てくださいね

「この世界」で「演劇とか呼ばれるもの」が好きな人はぜひ見に来てくださいね

「この世界」で「楽団とか呼ばれるもの」が好きな人はぜひ見に来てくださいね

「この世界」で「命とか呼ばれるもの」が好きな人はぜひ見に来てくださいね

「この世界」で「真理とか呼ばれるもの」が好きな人はぜひ見に来てくださいね

「この世界」で「ファンタジーとか呼ばれるもの」が好きな人はぜひ見に来てくださいね

「この世界」で「異国とか呼ばれるもの」が好きな人はぜひ見に来てくださいね

「この世界」で「宇宙とか呼ばれるもの」が好きな人はぜひ見に来てくださいね

「この世界」で「音楽とか呼ばれるもの」が好きな人はぜひ見に来てくださいね

「この世界」で「愛とか呼ばれるもの」が好きな人はぜひ見に来てくださいね

「この世界」で「ロックンロールとか呼ばれるもの」が好きな人はぜひ見に来てくださいね

「この世界」を「丸呑み」にして「ゼロにした世界」が

「2人Jaaja+ジャイアントステップスA2C+石丸だいこ」なんです

 

 

 

「ただ自分だけを愛しているのに、どこを探しても自分だけがいない」

 

「ハイコーフェスを越えた先」には、きっとそんな「世界」が待ってるような気がして

ボク」や「君」や「みんな」を「越えて」、ハイコーフェスを「ゼロ」に戻しましょう

 

 

 

「どうでもよくなってからがハイコーフェスです」

「どうでもよくなってからがハイコーフェスです」

 

この曲は「ボクの大好きなJaaja」の中で「特別特別に大好きな歌」で「午後のドーナツ」って曲です!

YOUTUBEの再生回数の1000回くらいはボクが見てるんだと思います!

このラブソングを演奏している二人の表情が堪らなくて、最後はこうありたいなーっていつも想います!

 

ちなみにハイコーフェス当日は「ハイコー購買パン」で「午後のドーナツ」を販売します!

この曲名をモチーフにしたかったので、パン屋のおばさんに「ドーナツ」をお願いしたんだけど、

「ドーナツって購買っぽくないよね?揚げパンにしなよ!」って説得されて、

「ドーナツは発酵が手間だからさー、取りに来るの朝早いんでしょ?揚げパンにしなよ!」って説得されて、

「きな粉と砂糖まぶしてあげるからさー、揚げパンにしなよ!」って説得されて、

「大きいの作ってあげるから!揚げパンにしなよ!」って説得されて、

「午後のドーナツ」って名前の「揚げパン」が登場しますのでお楽しみにです!

ぜひゆーにゃんさんとクミちゃんにも食べさせたいです!「揚げパン」だけど!