【ボクが大好きな鈴木実貴子ズについて】

9月に入った途端に気持ちばかりが焦り始めてきて

気がつくと「ハイコーフェスのことばかり」考えてしまいます

どうにか出来る限りの事はやり尽くして悔いだけは無い様に終わりたいけど

「顔に疲れしか見えない」って今の状態は絶対に「いいこと」じゃないし

「生活」に申し訳ない気持ちになるからどうにかしたいけど

なかなかやっぱり「良いバランス」は難しくてもどかしいばかりです

 

せめて前売りチケットの予約数が好調なら少しは気持ちも楽なのですが

今年もなかなか苦戦していて

フライヤーを渡して少しでも興味を持ってくれた人にはここぞとばかりに

「これ聴いて良かったらハイコーフェスに来て!」なんて

「ハイコーフェス入門編予習CD」をゴマシオのお客さんにも配布もしていますが

今日でちょうど100枚配り終えましたが手応え十分とは言い難く

それでも「全身ヴィヴィアンの服を着てゴマシオにコーヒーを飲みに来てくれただけの女の子」を

こーちゃんが必死に口説き落としたり

(ヴィヴィアンと言えばセックスピストルズ、セックスピストルズと言えばトムボウイズだから見に来た方が楽しいよ!って具合です)

「マンガ倉庫でマスターを見た事がある!ってだけのコーヒーを飲みに来てくれたカップル」を

「マンガ倉庫でオレを見た事があるならハイコーフェスに来た方が良いですよ!」って僅か10秒で口説き落としたり

とにかく「何か」につけて「ハイコーフェス」に絡めて少しづつだけど予約数も増えつつで

何より嬉しいのは「すでに予約してくれた人たち」が「周りの友達」を誘ってくれて

「1枚追加でお願いします!」とか「3枚追加でお願いします!」とか

一緒になって「奇跡」を作ろうとしてくれている事で

今日現在で152名の予約は完売まで「いばらの道」ですが

「諦めの悪いフェス」で有名ですからね「ハイコーフェス」は

「オレは君を諦めない!オレは君を好きだ!」って真剣に100回言えば

どんな女の子とだって付き合えるって言うのがボクの信念なので

違う言葉で同じことを初めて知ったように繰り返してやリましょう

ハイコーフェスを愛する皆さんも「絶対引かずにガンガンいきましょうね!」

「意味のないこと」をたくさんして「意味のない本物の奇跡」を目撃しましょうね!

 

 

そんな訳で「お前が1番頑張れよ!」ってようやく今日で半分です

ハイコーフェス出演者紹介5組目は


鼻血が出るほどハイコーフェスを想ってくれているんです!


二年分は3000%の愛でハイコーフェスに再登場!

「愛しかない、それが世界を動かしている、それなしでは何もできない」


「鈴木実貴子ズ」の登場です!


 

 

 

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【ボクが大好きな鈴木実貴子ズについて】

 

去年のハイコーフェスで1つだけ、ボクには「心残り」がありました

あんなにサイコーな「サイコーの向こう側のハイコーフェス」だったけど

決して「心の底から晴れやかな気分」では終われませんでした

 

「自分の中のバケモノが消えた感覚」もありました

「ハイコーフェスの進藤くんから解放されようかな」って

「もうこれでハイコーフェスを終わりにしても良いかもな」って

「完全にやりきった気持ち」があったのは確かなんだけど

「ハイコーフェスが終わった瞬間」

だからって決して「心の底から晴れやかな気分」にはなれず

ボクの心の中にはずっと「モヤモヤ」が残ったまま

あれから何度もハイコーフェスを想う時には決まって

最後にはいつも「さよならした実貴子さんの顔」が浮かんでくるのでした

「鈴木実貴子ズの無念」が1度も消え去る事はありませんでした

 

「なんでや!!!」

「なんでなんや!!!」

去年のハイコーフェスの告知が開始されてすぐにボクの元に小包が届きました

中身を開けてみると「リリース前のキミガヨってタイトルのCDが1枚」と

「そんな言葉」が綴られていた「手紙」が添えられていました

 

皆さんもご存知のとおりです

去年のハイコーフェスに「鈴木実貴子ズ」の名前はありませんでした

予定していた「8組」から「9組」になって

最終的に「10組の出演者」に出演して頂く事になった

それが「去年のハイコーフェス」だった訳ですが

最後の最後まで「実貴子ズ」の名前がそこに加わる事はありませんでした

「実貴子ズのハイコーフェス」は1度は「終わった」はずだったんです

 

「ボクのハイコーフェス」の「鈴木実貴子ズの音楽」は

「罪のようなもの」を「抱きしめてくれる音楽」で

実貴子ズのイメージとして「力強い反骨精神の塊みたいな歌」って印象があるかもですが

だからって決して「そんな逆境で跳ね除ける強い人のための歌」ではなくて

むしろボクみたいな「弱さを跳ね返せない弱い人のための歌」で

「強さを奮い立たせる」と「弱さを奮い立たせる」だとボクには全然違ってて

強くなるから弱さを受け入れられるんじゃなくて

弱いからこそ弱さと向き合えて

だからこそクソみたいな自分の弱さも全てを抱きしめられて

ちゃんとまっすぐありのままの自分を肯定できる

ある意味「弱さを奮い立たせてくれる側の音楽」で

とは言え、「強くなれ!頑張れ!」って「良くある感じの安っぽい応援歌」とは全然違って

「全部否定して、全部拒絶して、でも最後には全て愛そうとする」

「やさしすぎる人のための音楽」でもあって

もしかしたら全然伝わってないのかも知れませんが

自分で書いてて何が言いたいのか「グチャグチャ」になってますが

「誰にも分かるはずがない、誰にも分かって欲しくない気持ち」

「ボクのハイコーフェスのグチャグチャの気持ち」を唯一肯定してくれたのが「鈴木実貴子ズの音楽」で

ハイコーフェスの準備中

ボクは「やさしくなりたい時」に決まって

真夜中に車の中で実貴子ズのCDを1人で何度も聴いて

ボクは「弱気」な時しか「やさしく」なれないから

そうやって少しづつ「自分の弱さ」と向き合って

抱きしめて、受け入れて、奮い立たせて、やさしくなれて

そうやって少しづつ「ボクのハイコーフェス」は形を整えていきました

いびつで刺々しくて痛々しくて可哀想だった「ボクのハイコーフェス」は

そうやって何度も何度も「実貴子ズの音楽」に救われたのでした

 

それがどうして、そんなに救われていたはずの「大好きな音楽」を

二年続けて出演してもらっていた「実貴子ズ」を

去年は出演者に選ばなかったのかと言えば

「ボクのハイコーフェスが死んでいたから」です

 

「去年は会場の都合で主演枠が減ったから」って言うのも多分「言い訳」で

「どうしても初出演枠を増やしたかったから」って言うのも多分「言い訳」で

「じゃあ他に誰を変えたら良かったの?」って

「誰ならみんなが納得できるの?」って、それもこれも「全部言い訳」で

多分ボクが「罪のようなもの」から「逃げたかった」からだと想うんです

もう「自分と戦う」のが嫌になってしまっていたからだと想うんです

とにかく疲れ果てて空っぽになっててボクは

実貴子ズが出演した一昨年のハイコーフェスを最後に

「ハイコーフェスの進藤くん」は死んでいたんです

 

ハイコーフェスに付き纏う「罪のようなもの」は

「ボクのハイコーフェスのせい」です

ハイコーフェスは「ただ面白い事」をしたかったはずなのに

「ボクの好き」で「みんなを楽しませてあげれる自信」があったのに

どんどん大きくなるに連れて

どんどん続いていくに連れて

どんどん関わる人が増えて

どんどん愛してくれる人も増えて

いろんな人のたくさんの想いでどんどん大きくなったハイコーフェスだったけど

毎年少なからず「出演者を入れ替える度」に

まるで「ボクの好きが間違っていた」みたいなそんな気持ちにもなって

偉そうに「入れ替える側」の立場だったにも関わらず

ボクはずっと「自分の好き」と戦っていたんです

「誰かの好きを否定して、ボクの好きだけを肯定する」

それが「ハイコーフェスの進藤くん」ですよね

もちろん「そんなつもり」でハイコーフェスをやってる訳ではないけど

「そんなやり方」を繰り返してきたのは事実で

いつからでしょうね、「自分の好きだけを信じきっている事」に対しても

嫌な息苦しさを感じるようになってて

「意地」でも「自分の好きだけ」を信じたかったけど

その「意地」が「自分の首」を絞めているみたいな気分にもなってて

「自分の好き」に対しても「罪のようなもの」を感じるようになったんです

「ボクがいないハイコーフェスも見てみたいなー」

そんな弱音を何度も何度も飲み込んで

それでも「意地」だけで「ボクのハイコーフェス」を続けてきたつもりでした

それが「ハイコーフェス」であって欲しかったからです

 

「もう良いんじゃないか?」

「もう戦わないで良いんじゃないか?」

「そもそも進藤君は何と戦ってるの?」

いろんな事をたくさん考えて悩んで諦めてバカバカしくもなって

それでもボクは「ハイコーフェス」を続けることにして

それが去年の春に出した「ボクのハイコーフェスの答え」だったんです

「自分の好きだけ」が「ハイコーフェス」だったのに

「自分の好き」と「戦うこと」から「ボク」は「逃げていた」んです

「ボクと君のハイコーフェス」を想ったふりをして

「ボクと君とみんなのハイコーフェス」を想ったふりをして

「ボク以外のボクのハイコーフェス」を想ったふりをして

「ボクのハイコーフェスに縛られていたハイコーフェスを解放してあげたい」

そんな風に想ってしまうくらいボクには

もはや「戦う気力」がこれっぽっちも残ってなくて

「意地」でも続けてきたはずの「ボクのハイコーフェス」だったのに

「やっぱりあの時ハイコーフェスの進藤くんは死んだんだなー」と1人で悲しくなりました

 

「愛しかない、それが世界を動かしている、それなしでは何もできない」

ボクの中にいる「ロック」がそう叫んでいたけどボクは耳を塞ぎました

それは「誰には分かるはずがない小さな変化」だったのかも知れないけど

でも自分の事だから分かるんです、ボクは全然戦ってなかったんです

 

「鈴木実貴子ズの音楽」は「ボクのハイコーフェスの音楽」でした

「そんな事ない!オレだって超大好きだ!」って

「そんな事ない!私の方が大好きなんだから!必要としてる!」って

ここまでの紹介文を読んで「何言ってんだ進藤くんは!」って

そんな風に想ってくれる人がいる事はボクも分かっているつもりです

実際、決して「分かりやすくみんなで盛り上がれるような音楽」ではないはずの実貴子ズのライブは

2回とも本当に評判が良かったし物販でのCDの売れ方も飛び抜けていて

「実貴子ズはハイコーフェスに合わないんじゃない?」

そんな「前評判」を「2回」も見事に跳ね除けてくれて

「ざまあみろ」じゃないけど「戦いに勝った」みたいな誇らしい気分だったんです

なので「鈴木実貴子ズ」が「みんなのハイコーフェス」に受け入れられている事は

ボクの想い出にもしっかりと刻み込まれていたし

ちゃんと「実貴子ズ」がハイコーフェスの大事な大事な出演者の1組である事は

誰の目にもあきらかだったんだけど

でもやっぱり「実貴子ズの音楽」は「ボクのハイコーフェスの音楽」で

ボクが誰より背中を押してあげなきゃいけなかったのに

ボクが「楽をしたくなった」から

ボクが「戦う事から逃げた」から

ボクにはもう「罪のようなものを抱きしめる」だけの気力すら残っていなかったから

実貴子ズに「3回目のハイコーフェス出演の壁」を超えさせてあげる事が出来ませんでした

 

ハイコーフェスの分岐点

7回目のハイコーフェスは「分かりやすく盛り上がる方向へ」

「ロックンロールってあたらしい風」に船を委ねるようにして

ボクはあの日大きく舵を切ることに決めたんです

「波の流れに身を任せることでより遠くへ」

「追い風を帆に受けてより遠くへ」

とにかく「今いる場所」から少しでも遠くに逃げたい一心だったのかも知れません

「誰が」とか「君が」とか「みんなが」とか「そんな気持ち」じゃなくて

「自分の好き」を振りかざして真正面から戦うことに疲れてたんだと想います

疲れて、迷って、怖くて、抱きしめるだけの力も残ってなくて

もはや自分に「ハイコーフェスへの変わらぬ愛」が残っているかも分からないくらいで

ハイコーフェスの事を嫌いになりそうだったのかも知れません

弱り切っていたからこそ「弱いところ」を誰にも見せたくなかったから

「大きな音で弱さをかき消して、あの時間だけは楽しい顔だけ見せていたい」

「ハイコーフェスの進藤くん」が「ハイコーフェスを愛してなかったら」全てウソになるから

ボクはとにかくロックンロールで踊る事に決めたんです

「ロックのテーマ」は「愛」なのに「ロックな道」を選んだフリをしてボクはあの時

「ロック」から最も遠い存在になっていたのかも知れません

全然伝わってなかったらごめんなさい

でも「分かって欲しくない、分かるはずがない、分かってたまるか」って気持ちで

ボクは「鈴木実貴子ズ」を出演者リストから外したんです

全部「ボク」が1人で決めたことだし、それがあの時の本当の本当の気持ちです

 

 

そんな「あの日確かに死んだはずのハイコーフェスの進藤くん」に届いた鈴木実貴子ズからの手紙でした

「なんでや!!!」って書きたくもなりますよね

「なんでなんや!!!」って書きたくもなりますよね

ボクは「ボクが信じた音楽」と「ボクを信じてくれた人」を同時に2つも裏切った訳ですからね

手紙には挿絵がプリントされていて

「ジョンとヨーコ」が裸で抱き合ってキスをしているイラストがプリントされていて

「愛は真実、真実こそ愛」

ボクが大好きな「アイデン&ティティ」の台詞そのままの絵に

「なんでこの便箋を選んだのかなー」って

「それが答えなんだよなー」って、ボクは心の中で何度も泣きました

 

すぐにCDも聴きました

CDをセットしている間に歌詞カードを開いたら

すぐに6曲目の「You&I」ってタイトルに目がいきました

「君とボク」だったからです

歌詞を読み進めていくと「You&Iは死んだ」と書かれていて

歌詞の一番下には「二人並んで体育座り」をしている実貴子ズのイラストが描かれていて

この「体育座り」のイラストを見ただけですぐに分かりました

知らない人もいるかもですが

2年前のハイコーフェスで初めて「君とボクが並んでハイコーフェス」を眺めて

この「二人並んで体育座りでハイコーフェスを眺める」って言うのが

「ボクのハイコーフェスの終わりの象徴」だったんです

「大好きな君」ですら「となりに並んで座れないくらいのピリピリの進藤くん」が

「ただの進藤くんに戻る」その象徴が「二人並んでの体育座り」で

「ボクのハイコーフェス」が「ボクと君のハイコーフェス」になって

「ボクと君とみんなのハイコーフェス」になって

「1人だけど1人じゃないボクと君」って意味も

きっとその「二人並んでの体育座り」には隠されている気がして

どーでも良い人にはどーでも良い話なのかも知れないけど

どーでも良くない人にはどーでも良くない大事な事で

「ボクと君」じゃなくて、「君とボクのハイコーフェス」ってところが「ミソ」ですよね

意味分かんないかも知れませんがそれがきっと「君とボクのハイコーフェス」で

他の曲を乱暴に飛ばしてすぐに6曲目を聴きました

やっぱり「君とボクの歌」でした

あまりにも「君とボクのハイコーフェスの歌」だったので

いろんな気持ちを噛み締めながら余韻に浸っていたら

すぐに次の曲、7曲目の「おだやかな街」が始まって

「ばいばい、ばいばい、ばいばい、みんな、みんなのことがきらいだった」って

「ばいばい、ばいばい、ばいばい、世界、あんたが気付いてくれなかったから」って

今度は「ボクのハイコーフェスの歌」だったから限界だったんです

 

ボクには実貴子さんが泣きながら歌っているように聴こえたんです

歌い方もあったのかもだけど、そんはずある訳ないんだけど

でもボクには咽び泣いてるように聴こえたんです

「悔しい方」じゃなくて「愛しい方」

「私の方がハイコーフェスが大好きです」

そんな風に泣きながら歌っているように聴こえたんです

 

これだから「重い」って言われるんでしょうけどね

「想い込みが激しい」で有名になちゃうんでしょうけどね

「想う」くらいしか「取り柄」がないですからね、「ハイコーフェスの進藤くん」には

「あの日確かに死んだはずのハイコーフェスの進藤くん」だった訳だけど

この瞬間を境にもう1度この世界に蘇れた気がします

「愛しかない、それが世界を動かしている、それなしでは何もできない」

「愛は真実、真実こそ愛」ですからね

 

翌日、ボクが実貴子ズの高橋さんに送ったメールを貼り付けます

「何書いてんの!バカじゃん!」って想うかもだけど「バカ」だから貼り付けます

 

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鈴木実貴子ズのお二人へ

CDありがとうございました、

昨日届いて、それからお二人の事ばかり考えていました!

車の中で何回も聞いて、車の中がオレん家で一番音響が良いので、

夜に何回もYou&Iを聞いて、君とボクだなーと思いました、

この歌をハイコーフェスで歌って欲しいなーと思いました。

君とボクのハイコーフェスを愛してくれた人にしか歌えない歌だなーと思いました。

 

長くなりそうなので結論から書くと、

もしお二人がまだハイコーフェスを信じてくれるなら、

今更かもしれませんがハイコーフェスに出演して欲しいです!

告知が始まったとか、フライヤーが出来たとか、そんなのはどーでも良くて、

オレはYou&Iがハイコーフェスに必要だと思いました、

だからお二人のプライドを傷つけるかも知れませんがハイコーフェスに今年も出演して欲しいです。

珍しくこーちゃんも熱くなって「実貴子ズを呼ぼうよ」ってそれが「僕」と「君」の答えでした!

悔しい気持ちや悲しい気持ちを全部抱きしめて、またお二人に会えるのを信じています!

オレはお二人がCDを送ってくれた事、手紙を送ってくれた事、お二人なりの悪あがきだと受け取りました、

悪あがきするような人が好きなんです、それが諦めきれない何かだと思うんです!

 

ボクと君のハイコーフェスは死んだけど、

ハイコーフェスの進藤くんは死んだけど、

ハイコーフェスの進藤くんならきっとこうしたと思います、

こんな形で出演されるのは悔しいかも知れませんが、

悔しさを噛み砕いてしがみついて下さい、それが鈴木実貴子ズだとオレは想っています!

 

実貴子さんにも直接電話したかったけど、メールでゴメンなさい。

 

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今更こんなバカげたメールをもらっても誰も喜びませんよね

それどころか困りますよね

「もう遅いよ」って、「不快だよ」って、誰だってそう想いますよね

でも、こんなバカげたメールを受けて

高橋さんがすぐに送り返してくれたメールがあります

めちゃめちゃ長文なので今日のところは少しだけ

「知ってて欲しいところ」だけ貼り付けますね

関係ない人には全然関係ない事なのかも知れないけど

「なんでもかんでも知らない方が良い」のかも知れないけど

わざわざ「知ってて欲しい」と書いたのは

「知ってくれたら今年の実貴子ズのライブがより奇跡になる」からで

できたら「関係ある人」だけじゃなく「関係ない人」にも届いて欲しいんです

こんなにハイコーフェスを愛してくれてた人がいることを

 

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僕らからも長くなりそうなので、結論から言うと、出ません!です。

 

プライドが、とか、そんなつまらない理由ではなくそれはもう心底出たいのですが、やめておきます。

でも、『今年のハイコーフェスに出れなかった』という事実が、

今年の鈴木実貴子ズに必要だったという、運命というか、なんかそういうものな気がしてます。

もういっかい、進藤さんが誘ってくれたのもひっくるめて、今年の鈴木実貴子ズのライブに繋がると思ってます!

来年、進藤さんがハイコーフェスやる元気なくなっちゃっても、

またハイコーフェスがやりたくなるようなすごい良い曲を作って、嫌がらせのように送りますね!

勝手に不参加という参加のつもりでいます!

だから、今年のハイコーフェスも楽しみにしてやっていきます。

サイコーな悪あがき、ありがとうございました!

 

前にも言いましたが、ハイコーフェスは僕らにとって1年間を一番感じさせてくれる日です。

前々回から1年後、前回からまた1年後、こんな音楽だから歩みは遅いけど確実に僕らは進めていると思うので、

また今年のハイコーフェスから1年後、加速して進んでいくので、

改めてその時の僕らがそこにいても良いのか感じてもらえたら、と思います!

 

メンツやフライヤーを見て、今年の9/22も、相変わらずサイコーだろうなと思います。

僕らはその日、鑪ら場でしっかり働いて、夜寝るときにもう一回歯を食いしばって悔しがっておきます。

 

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これが「ボク」と「鈴木実貴子ズ」が去年交わした「最後のやりとり」でした

最後の最後まで出演者に「実貴子ズ」の名前が追加される事もなく

「ハイコー史上サイコーのハイコーフェス7」は無事に終わったんだけど

最後まで勝手に「不参加という参加のつもり」で

「ハイコーフェスに出演してくれていた」のが「実貴子ズ」で

自分たちが出演している訳でもないハイコーフェスを何度もSNSで拡散してくれた事

自分たちが出演している訳でもないハイコーフェスを何度もSNSで呟いてくれた事

ボクはSNSなんか大嫌いだけど「うその世界」だと思っているけど

そんな「手軽なやつ」より「想う事」の方が100万倍くらい大切だって想っているけど

「実貴子ズ」が「届くはずのなかった人たち」に「届けてくれたハイコーフェス」は

全部が全部「ハイコーフェスへの想い」だったから

あの日、確かに「鈴木実貴子ズ」はハイコーフェスのステージに上がる事はなかったけど

でも最後まで一緒に戦ってくれた気分だったんです、愛を届けてくれたんです

 

「悔しかった」と想うんです

「やり切れなかった」と想うんです

「カッコ悪かった」と想うんです

「情けなかった」と想うんです

「なんで私たちが外れなきゃいけないの?」って

「なんで私たちなの?」って

「なんで進藤さん?」って

「なんで?なんで?なんで?なんで?」って

その「想い」は決して消えるものではなかったと想います

なのに最後までずっと一緒になってハイコーフェスと戦ってくれて愛してくれて

実貴子ズの二人が「ハイコーフェス7の成功」をどんな想いで受け止めてくれたのか

「ハイコーフェス7の終わり」をどんな想いで抱きしめてくれたのか

「本当の気持ち」は実貴子ズの二人にしか分からない事だけど

「ハイコーフェスが大好き」だからこそ

そこまでして「関わっていてくれた」と想うんです

ボクは「そんな気持ち」を誰よりも分かっているつもりだから

だってそれって「誰にも分かって欲しくない、誰にも分かるはずがない、むしろ分かってたまるか」って気持ちですよね

つまりはそれは「ボクがハイコーフェスを想う気持ち」と同じだから

「誰とも共有できないボクだけの好き」をボクも「忘れたくない」と想ったんです

「なくしたものもん」にはしたくなかったんです

 

よく聞かれるんです

「ハイコーフェスに出たいんですけど、どうしたら良いんですか?」

「どうすればハイコーフェスに出れますか?」

「みんなが喜びそうな売れてるミュージシャン」から逆オファーされた事もあったし

「いわゆるフェスで大受けしてる素敵なバンド」から逆オファーされた事もありました

イベントの主催者としては「愚かな判断」なのかも知れないけど

「出たい」で出れないのが「ハイコーフェスの良いところ」だと想っていて

「有名なオレがこんな田舎のフェスに出てやるよ」って感じでお願いされても

「集客も期待できてありがたいだろ?」って感じにお願いされても

結局そこに「愛」なんか全然感じられなくて

生意気かも知れないけどボクは全部お断りさせて頂いていました

ボクがちゃんと好きじゃなきゃ「ハイコーフェス」に失礼だと想っているからです

 

これはボクの頭が狂ってるだけなのかも知れないけど

ボクは「良い音楽」なんか「無い」と想っています

「好きな音楽」はあるけど「良い音楽」なんて「無い」と想ってるんです

誰からも愛される「良い音楽」なんて無いし

みんなそれぞれ「好きな音楽」があるだけで

それをあたかもそれぞれが「良い音楽」と呼んでいるだけで

だから世の中には「良い音楽」が溢れかえっているだけで

「好きな音楽」だって同じです

最終的に突き詰めたら「好きな人がやっている音楽だから好きなだけ」な気もして

結局、自分が「シャバいなー」って想う人が演ってる音楽は「好き」じゃないし

それが例え「良い音楽」であっても「好きな音楽」にはならなくて

そしたら「好き」なんて「本当に曖昧」で「都合の良い言葉」で

所詮は「好きな音楽があるんだ」なんてカッコ付けて言ってみても

「自分が好きな人が演っているだけの音楽」な気もするんです

でもだからこそ「信じれる」って事があっても良いですよね?

それが「ハイコーフェス」の「何か」でしたよね

 

なので「たかが音楽の力」って「それの事」を言ってる気がするから

「ボク」は「鈴木実貴子ズ」が「大好き」だから

「鈴木実貴子ズ」も「ハイコーフェス」が「大好き」だから

「ハイコーフェス」に「鈴木実貴子ズ」を呼び戻そうと想ったんです

「愛まみれのフェス」じゃなきゃ「ハイコーフェス」である意味なんかなくて

「ボクのハイコーフェス」に出演してもらうんじゃなく

ちゃんと「ハイコーフェス」に出演してもらうためにもう1度「鈴木実貴子ズ」を呼び戻そうと想ったんです

 

「心残り」があったからこそ今年も懲りずに「ハイコーフェス」を続ける事ができた気がします

「ボクのハイコーフェス」は「とっくになくなってしまってる」のかも知れないけど

でもなんとなくまだ「残っている」ような気もして

そんな風に想えるはきっと「鈴木実貴子ズ」の名前が出演者に戻ってきたからで

おかげさまで今年も気狂うくらい元気に

「ボクのハイコーフェス」を続けているつもりです

 

 

「実貴子ズをもう1度ハイコーフェスに呼びたい」

出演者選考会議の夜、その言葉を口に出した時の「ボクの顔」を見れなかったのが心残りです

きっと素晴らしい「覚悟」を持った「いつかのハイコーフェスの進藤くんの顔」だったんでしょうね

きっと思い掛けなかったであろうボクの言葉に対して澁谷くんがポツリと言ってくれました

「1度は出れなくなった実貴子ズがもう1度ハイコーフェスに戻ってくる事は良い事だよね」

「ちゃんとハイコーフェスへの気持ちが続いてる人への良い”前例”になるよ」

「そういうのマスターらしくて良いよ」(澁谷くんはボクの事をマスターと呼びます)

「そういうマスターがオレは好きだよ」(澁谷くんはボクの事をマスターと呼びます)

ちゃんと覚えてないから曖昧だけど、多分そんな事を言ってくれました

「最後は人だからな」、近江さんの言葉で奮い立ちました

なんかね、こんな風に書いたらアレなんだけど

「ハイコーフェス」って「それで良い」って「確信」できたんです

 

「ライブハウスがキャバクラに変わった時、ロックスターは姿をくらまし、

多分コンビニのレジとかレンタルビデオ屋でビデオを並べてるのさ」

これは実貴子ズの新曲「アホはくりかえす」の歌詞で

「歌」に「誇り」を持っている実貴子さんだからこその歌詞で

「ライブ」に「魂」を込めてる実貴子さんだからこその歌詞で

ボクも全くそのとおりだと想うし

この「痛い感じ」が実貴子ズの好きなところです

でも「ハイコーフェスだけは例外です」って

さすがの実貴子さんでもそんな風に想ってくれてる気がしてて

「歌だけ」が「すべて」だと「ハイコーフェスじゃない」みたいな気がして

確かにまがいなりにもハイコーフェスは音楽イベントで

「歌がすべてでライブがすべて」なんだけど

ボクは歌っている「その人」が好きで

「大好きな歌を歌う大好きな人と、大好きな歌を歌う大好き人を大好きな人」に囲まれて

だからこその「ハイコーフェスの奇跡」だと想ってるんです

「愛こそ真実」じゃないけど「ハイコーフェスに限っては愛がすべて」であって欲しいから

「歌がすべて」より「その人がすべて」の方がハイコーフェスには合ってるんです

 

自分で読み返してもウンザリするほど「永遠に言い訳」を繰り返してますからね

読めば読むほど、まるでボクが「情け」を掛けて出演してもらうみたいに想う人もいたかもだけど

「情け」でハイコーフェスに戻って来てもらったつもりは一切ありません

「情け」でハイコーフェスには出演できる訳ないんです

だってボクは真剣に出演者を選んでるんですよ

真剣すぎて「自分の好きを失くしてしまいそうになるくらい」真剣に選んでるんです

今までに22組の出演者がハイコーフェスを「卒業」しました

「卒業」なんて「こちらの都合」の言葉だから

中には「退学させられた」くらいに思う出演者の方もいたはずで

「ハイコーフェスを大嫌い」になった人も中にはいたはずです

そんなハイコーフェス8年の歴史で「鈴木実貴子ズ」が初めてなんです

初めてボクの意思でハイコーフェスのステージを離れた人が

もう1度ハイコーフェスのステージに戻ってきたんです

それが「どういう事」かは、わざわざ書かなくても分かりますよね

ここまで散々書いてきたつもりだから「大事なこと」は書きませんね

「愛しかない、それが世界を動かしている、それなしでは何もできない」です

 

「ハイコーフェスを世界で一番愛してるボクですら見た事がない世界」

「ハイコーフェスがない空白の1年」を経験した実貴子ズが今年どんな「想い」をぶつけてくれるのか

奇しくもハイコー直前の9/20に発売されるNEWアルバムを一足お先に聴かせて頂きましたが

「あの実貴子ズがやさしくなった」って言うのがボクの一番の感想で

でも「ぐちゃぐちゃ」が得意だからなー実貴子ズは

「ぐちゃぐちゃ」の「感情」を「撒き散らしてくれる」のは「分かりきった事」だけど

「感情のカケラ」が「突き刺さった人」は「もれなくやさしい人」だから

「突き刺さった感情」は「むやみに抜かないでください」

「抜くと痛みます、そっとそのまま抱きしめておいてください」

「大丈夫、そのカケラはいづれあなたの一部になります」

「大丈夫、そのカケラもいづれあなたになります」

 

「好き」って面倒くさいですね

「好き」ってバカみたいですね

「愛」はこんがらがってもっと面倒くさいですね

でもだからこそ「好きなまま」でいられますね

 

そうそう、今年は鈴木実貴子ズの出演者コメントから「くたばれよ!」が消えてて

一応、「くたばれよ!が抜けてるけど書かなくて良いですか?」って聞いてみたけど

「実貴子さんがいらないって言ってますので!」って高橋さんから連絡がきて

ハイコーフェスと実貴子ズの関係は「愛がある方のくたばれよ!」が合言葉だったはずなのに

もう「強がる必要」も失くなったんでしょうね

実貴子さんは絶対にそんな事言わないけど

二年分は3000%の愛を込めて歌い散らかしてくれますよ

 そしたらほら、耳をすませば聴こえて来る気がしませんか?

「わたしが誰よりハイコーフェスが大好きです」ってね

聴こえた人は心の中でつぶやいてください

「おかえりなさい」そして「ボクも鈴木実貴子ズが大好きです」ってね

 

「会いたい」、「会いたい」、「会いたい」「会いたい」

「会いたい」が増えて「痛い」に変わってしまった

「ハイコーフェス」と「鈴木実貴子ズ」の「関係」はきっとそんな「痛い関係」で

「ボクの大好きな鈴木実貴子ズ」は「そんな痛い歌」を歌う人たちで

「ボクの大好きな鈴木実貴子ズ」は「ボクの大好きな歌」を歌う人たちで

「ボクの大好きな歌」は「ハイコーフェスに愛される歌」です

 

 

「愛しかない、それが世界を動かしている、それなしでは何もできない」

 

 

追伸:「ロックな道」を選んで「実貴子ズを出演者から外した」風に書いたので

    実貴子ズが「ロックじゃない」みたいな書き方になりましたが

    実貴子ズは正真正銘の「ロック」です

    その証に実貴子ズの歌は「セックスに合いません」

   「セックスに合う曲はロックじゃない!」って言うのがボクの持論で

    実貴子ズはボブディラン並みに「セックスに合いません」

    つまりは「ロック」です、それだけは皆さんに伝えておきたいです

 

    それからこれも伝えておきたい大事な事!

    ドラムの高橋さんが全ての邪念を捨てるために「スキンヘッド」になったらしいので

    どうかビックリせずにすれ違う際などは手を合わせてください!