【ボクが大好きなTHE ROUGESについて】

さっきお盆が終わったと思ったら、あっという間に明日で夏休みも終わりますね。

さんちゃんは今年もサボりにサボった果てに大急ぎで宿題を片付けていて、

何度「そろそろ宿題ヤバいんじゃない?」と急かされても、

頑なに「オレを誰だと思ってるんだ!」なんて大口を叩いて遊び呆けていただけあって、

その気になればたった1日で20日分片付けちゃうんだからまさに「集中力の鬼」ですね。

「宿題は早めに終わらせた方が良い」って言うのが一般的な親の意見でしょうが、

最後の最後に本気を出したって思い出も結構素敵な想い出ですよね。

いつもどおりこんな調子で我が家の夏休み最終日が終わります。

 

さんちゃんの宿題の終わりは見えましたが、ハイコーフェスまで残り50日です。

いつもあっという間だけど今年はいつも以上にあっという間で、

「今年はハイコーシネマをやめたから楽になったでしょ?」なんて言われますが、

どうしたものか全然楽になってなくて怖いくらいです。

夏は特にゴマシオがバカみたいにフィーバーしてくれるおかげで、

毎日起きてから寝るまでゴマシオのことばかりです。

そっちが「本当の進藤くんの生活」なんだから、

「そっち」をちゃんと大事にしなきゃいけないのは当たり前のことだけど、

「ただの進藤くんの生活」だけに追われてしまってる現状が正直ちょっと怖いんです。

「気力」がないと前には進まないけど、この体のどこに「気力」は残ってるんでしょう?

後回しにされた「ハイコーフェスのためにボクがやらなきゃいけないこと」を前にして、

どんどんどんどん「ハイコーフェスへの想い」みたいなのが薄れてしまってるみたいで悲しくなりました。

でも、つい先日です、近江さんと澁谷くんがそれぞれ働いている姿を見る機会が偶然あったんだけど、

やっぱり二人とも歯を食いしばって働いていたので、カッコいいなーと思いました。

 「ハイコーフェス」ってカッコいいですよね?

ボクはこんなにも一生懸命な人たちとハイコーフェスを作ってるかと想うと嬉しかったんです。

涙は出ないけど「バカだなー」って、

「この人たちも死んでもいいと思ってやってんのかなー」って、

本当にカッコ良すぎてバカすぎて抱きしめてあげたくなります。

 

ボクはこれから50日で残り7組の出演者紹介を書きます。

ハイコーフェスはこれから50日で残り125人のお客さんを集めなきゃいけません。

全然簡単そうに思うかも知れませんがこれが「ボク」と「ハイコーフェス」の「残された夏の宿題」です。

「宿題」なんか早くから計画的に進めれば良かっただけなんでしょうけど、

夏は本当に駆け足だから「時間」なんてどこにもなくて、

「生活している人」ならみんな同じでしょうがね、

やっぱりボクが頑張ってないだけなのかなーと悲しくなったりもします。

「時間」がないなら「簡単に終わらせれば良い」だけなんでしょうけど、

それだと「ハイコーフェスの進藤くんじゃない」みたいですからね、

それだと「ボクと君のハイコーフェスじゃない」みたいですからね、

「意味がない事をたくさんやった方が良い」って言うのが「ハイコーフェス」の「何か」だから、

改めてボクは、「ボク」と「ボクを信じてくれる君」のためだけに、

最後までちゃんと「ボクと君のハイコーフェス」を全うしようと想いました。

 

そんな訳で「勝負の8月」も終盤戦、ここからがハイコーフェスの真骨頂です!

 

出演者紹介3組目はこちら!

「2017年最新型ロックの大波がハイコーフェスに初登場!」

「シアトル生まれ?マイアミ育ち?カリフォルニアのサーフロック?」

「THE ROUGES」の登場です!

 

 

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【ボクが大好きなTHE ROUGESについて】

 

「ルージュス呼ぼうよ!だってカッコいいもん!」

本当にそれだけの理由でボクと近江さんが選んだのが「THE ROUGES」でした。

 

先日のアナトオル・フランスの出演者紹介に書いたとおりです。

「今年は初出演を1組にしようと思うんだよね、

残りの9組は今まで出演してくれた人たちの中から選びたい」、

それが今年のハイコーフェスの出演者選びの始まりで、

本当であれば「初出演はアナトオル・フランスの1組」で、

それで今年の初出演は終わりになるはずだったんです。

 

ボクが今年「初出演」を1組にしようと想ったのは、

「あたらしく呼びたいバンドがいない」からって訳じゃなくて、

「去年のハイコーフェス」で全て満たされたと言うか、

「これがベスト」みたいな感じが自分の中に残っていて、

なので今年はわざわざ出演者を変える必要がないなと、

変に冒険するまでもないなと想っていたからで、

なので今年は最初から「初出演は恋い焦がれたアナトオルの1組にしよう」と、

頑なにそう信じていたからです。

 

とは言え、何の因果か神様の悪戯か、

そんな簡単に進んでくれないのがやっぱりハイコーフェスですよね。

1組1組出演依頼をさせて頂く中で、

「KETTLES」と「レッツゴーズ」の出演が難しいとの返答で予定していた出演枠に空きが出たんです。

もちろんどの出演者が出れなくても悲しかったけど、

「ハイコーフェスの爆発系」の2組が出れないのが本当に悲しくて、だって皆さんも知ってのとおりです。

「あの感じ」こそが「あたらしいハイコーフェスの象徴」だった訳ですからね。

「ノスタルジック系フェス」なんて呼ばれているハイコーフェスを、

「ゆるい感じのあったか系フェス」なんて呼ばれているハイコーフェスを、

「ただのカッコいいロックンロール」と「オラついたパンクロック」で、

見事に180度ひっくり返してくれたのが「KETTLES」と「レッツゴーズ」の音楽で、

「空気感」みたいなのってあるじゃないですか、

「マイブーム」じゃないけど、好きなものなんかその時々で変わっていいと想うんです。

でも何となく「ハイコーフェスは変わっちゃいけない」みたいな風習が自分の中にもあって、

ずっと「それ」に縛られてるのに居心地の悪さも感じていて、

ズバリ書けばボクはとっくの昔に「ノスタルジック」にも「あったかい」のにも飽きていたんです。

潟分校の場所の力って凄いじゃないですか、

やっぱりそう言う独特な「空気感」な訳じゃないですか、

そうなるとどうしても「そっちが正解」みたいな感じがやっぱり付きまとっていて、

確かにハイコーフェスを始めた頃はそれが「あたらしいしカッコいい」と想っていたのも事実だし、

「古いけどこれが1番あたらしいよね」みたいな、「そんなノリ」がハイコーフェスだった気もします。

でもボクは「その空気感」みたいなのにすっかり飽きてしまっていて「あたらしいハイコーフェス」をずっと探していたんです。

ご存知のとおり、急に様変わりしちゃいましたからね、

「ハイコーフェスにロックンロール?」なんて、

「ハイコーフェスにパンクロック?」なんて散々バカにされたりもしたけど、

その時の好きだけを爆発させた「1番あたらしいハイコーフェス」が「ボクのハイコーフェス」じゃなきゃ面白くなくて、

今となっては「ハイコーフェス」と言えば「ロックンロール」で、

今となっては「ハイコーフェス」と言えば「パンクロック」ですからね、

ハイコーフェスがようやく「クソカッコいいハイコーフェス」になれた気がしたんです。

そんな意味でも、「去年のクソカッコいいハイコーフェス」が本当に好きで好きで堪らなかったので、

「今年はあのハイコーフェスじゃなくなるのかー」って、

「さて、どーしようかなー?」って、

本当にそればっかりが頭の中をぐるぐると駆け回って、

使命感のように「あたらしいハイコーフェスの象徴を呼ばなくちゃなー!」と、

とにかくボクは「あたらしい」について考える日々を送ったんです。

「みんなが好きそうな流行りでいくならシティーポップなのかなー?」とか、

「今更シティーポップだとオレがダサいみたいだから、最先端ならドリームポップかなー?」とか、

「トムボウイズが大当たりだったからもう1枚あの感じでいこうかなー?」とか、

そもそも来てくれるお客さんをたくさん集めないと意味がないし、

「求められている音楽」みたいなのも頭に入れた上でいろいろ考えたつもりでした。

でもそんな悶々とした日々を送っていた時に不意に目に止まった言葉があったんです。

 

「33歳を過ぎたら人はあたらしい音楽を聴かなくなる傾向がある」

 

偉い人が研究したというその記事をボクはネットニュースで読みました。

 

「あたらしい音楽を聞くのは辛いことですね。

でも古い曲ばかり聞いていると耳が古くなります。

頑張ってあたらしい曲を聴いた方がいいですよ。」

 

記事の中には作家の村上春樹さんのこんなコメントも一緒に載っていて、読んだ瞬間にハッとしたんです。

 

ボクは昔からCDをたくさん買う方の人で、

中、高生時代もそうだったけど大人になってからは結構な金額を費やしました。

「普通の人」よりはアンテナも高く張っている気でいるし、

まだ知名度のないインディーズや自主制作のCDもたくさん買ってみるし、

「いわゆる音楽好きの間での流行りのジャンル」みたいなのも一通りは味見するし、

ハイコーフェスを始めてからはさらに拍車がかかっていて、

今まであまり掘り下げて聴いてこなかったジャンルや、「名作」と呼ばれる古いCDもたくさん聴きました。

なんて言うか、「これが好きだったらこれを知っとかないと!」みたいな、

「これが好きなのにこれは聴いてないの?」みたいな、

「ハイコーフェスの進藤くんの音楽の隙」みたいなのを少しでも減らしたいと想って、

そうやってムキになって無理をしていた気もします。

偉くなりたかった訳じゃないけど「ハイコーフェスの主催者」って可笑しな肩書きが自分の首を締めている様なそんな気もします。

勝手に自分を追い込んで「ボクがこの街で1番に音楽を聴いてなきゃいけない」みたいに思い込んでいたのかも知れませんね。

そうやって、とにかく新譜、旧譜に関係なく、

「自分が聴いた事のないあたらしい音楽」に修行の様に耳を傾けているつもりで、

守備範囲をどんどん拡大する事で「古い耳」にならない様に必死になっていたつもりだったけど、

「あたらしい音楽を聞くのは辛いことですね。」ってその言葉のとおりだった気もします。

必ずしも「あたらしい音楽との出会いや感動」ばかりではなく、

別に全然あたらしく感じなかったり退屈だったり、

むしろ「堪え難い」と感じる事の方が多かった気もします。

「だからそれが耳が古くなるって事でしょ?」って怒られるかもだけど、

「耳が古くなった」から「あたらしい」を無条件に拒否している訳じゃなくて、

「あたらしい」にたくさん触れたことで「本当にいいものは少ない」ということが分かったような気がしたんです。

それこそ「想い込み」かも知れないけど、でもそんな気がしたんです。

 

次から次に「あたらしい音楽」を手に入れたのに、

ボクがついつい聴いてしまうのは「いつもの音楽」で、

「ブルーハーツ」だったり、「銀杏BOYZ」だったり、

「JITTERIN’JINN」だったり、「ラモーンズ」だったり、

「過去にハイコーフェスに出演してくれた皆さんのCD」を聴いている方がしっくりきてて、

何度も何度も聴いているはずなのに、自分の好きな音楽の方が全然「あたらしい」んです。

いつからか「あたらしい」に追い込まれすぎて、

なんだか随分と「頭でっかち」になっていたなーと恥ずかしくもなりました。

もちろん「感性が鈍った」からこそ、

「あたらしい音楽」がしっくりこないのかも知れないけど、

だからって無理して「誰かのあたらしい」に擦り寄るより、

だからって無理して「時代を読む」とか「空気を読む」とかするより、

もっとシンプルに自分の「カッコいいと想う音楽」に全振りしようと、

散々悩んだ結果、「ボクのあたらしい」は「カッコいい」だけで良い気がしたんです。

カッコいいからブルーハーツが好きな訳だし、

カッコいいから銀杏BOYZが好きな訳だし、

カッコいいからJITTERIN’JINNが好きな訳だし

カッコいいからラモーンズが好きな訳だし、

自分が「カッコ良い」って想える気持ちが1番じゃないと全然つまんなくて、

「あたらしい」を「狙った」みたいな選び方じゃなく、

「あたらしい」に「媚びた」みたいな選び方じゃなく、

「あたらしいハイコーフェスの出演者」は「カッコいいバンドにしよう」とそう想ったんです。

 

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「踊るんだよ」

「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。

おいらの言っていることはわかるかい?踊るんだ。踊り続けるんだ何故踊るかなんて考えちゃいけない。

意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。

そんなこと考えだしたら足が停まる。一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。

あんたの繋がりはもう何もなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ。

そうするとあんたはこっちの世界の中でしか生きていけなくなってしまう。

どんどんこっちの世界に引き込まれてしまうんだ。だから足を停めちゃいけない。

どれだけ馬鹿馬鹿しく思えても、そんなこと気にしちゃいけない。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。

そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。

まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない。

あんたはたしかに疲れている。疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。

何もかもが間違っているように感じられるんだ。だから足が停まってしまう」 

「でも踊るしかないんだよ」

「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。

そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽の続く限り」 

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なんだか急に難しいことを書いた風ですが、

これはボクが去年読んで感動した「ダンス・ダンス・ダンス」って小説に出てくる名シーンで、

なんとなくボクは「ハイコーフェス」と「このシーン」を重ねています。

「踊れなくなったら終わりだ」って、

つまりはそれが「ボクと君のハイコーフェス」だから、

「それぞれのボク」がハイコーフェスを続けるために疲れても歯を食いしばって踊っていて、

「それぞれのボク」がハイコーフェスを続けることに「何の意味もないこと」は分かっているはずなのに、

それに気づかないふりをして、騙されてるふりをして、でも踊ってて、とびきり上手く踊ってて、

だからボクも「たくさんの君」を喜ばせてあげたくなるんです。

つまりはそれが「ボクは君を楽しませたい、君はボクを楽しませてくれる」で、

だからボクはハイコーフェスが大好きなんです、同じアホなら踊らにゃ損ですからね。

 

「THE ROUGES」の動画をYOUTUBEを何度も見ていたら、

いつしかボクの頭の中でルージュスの3人の姿もこの1シーンと重なっていて、

別に歌詞がどうだとか、音楽性がどうだとか、そんな難しい事じゃなくて、

「カラフルな髪の色」と「見た目の派手さ」と「3人並んだ時のインパクト」と、

「カッコいい以外に興味が無いみたいな顔」で本当に楽しそうに踊り狂う3人の姿がめちゃめちゃにカッコ良くて、

なんて言うか「それだけで良いんじゃない?」みたいな気がしたんです。

「出演者選考会議」の時に「これ良いでしょ!」ってボクが紹介したバンドは4組いて、

その中の1組にもちろん「THE ROUGES」も入っていて、

でも正直言うとあの時ボクの心の中では「アナトオルに次いで推していたバンド」は別にいて、

なのにどうして最後の最後で「THE ROUGES」に出演依頼を出そうと決めたのかと言うと、

ただ純粋に「カッコいい」って言うのが全てな気がします。

「カッコいい」が他の全ての理由を「まくって」いて、

とにかくルージュスの音楽を聴いてる時のボクはノリノリで痛快なステップまで踏んでしまう始末で、

なんて言うか「それだけ」で良い気がしたんです、

初出演二組目は「1番カッコ良くて1番あたらしい」のにしようと決めたんです。

この街で1番カッコ良くて1番あたらしい「頭TOKYOの近江さん」にだけ相談してボクは背中を押してもらいました。

「この街の流行」はいつも近江さんの背中を追いかけているから、ボクは近江さんに背中を押してもらいたかったんです。

 

「オレスゲー悩んだけど、やっぱりカッコいいが最強で良くない?」って、

「そりゃあ、カッコいいが最強だべ!」って、

「最終的にはやっぱりカッコいいだよね?」って、

「最終的にはやっぱりカッコいいだべ!」って、

「じゃあ、近江さんは誰が1番カッコいいと思う?オレはルージュスなんだけど!」って、

「お!さすが!オレは最初っからルージュス!ネオTOKYOだべ!」って、

「じゃあ決まり!じゃあルージュス呼ぼう!だってカッコいいもん!」って、

36歳のおじさんが二人、深夜に長電話で「カッコいい」だけで盛り上がってバカみたいだったけど、

(ちなみに訛ってる方が近江さんです、近江さんの訛りもハイコーフェスのお楽しみの1つです!)

ルージュスの音楽が鳴っている限り、ボクらはずっと踊り続けられる気がしたんです。

あんなに悩んだはずの「あたらしいハイコーフェスのシンボル」だったけど、

最後はやっぱり「カッコいい」のが「あたらしいハイコーフェス」で良い気がして、

音楽の続く限り踊っている「ただただカッコいいルージュスの姿」に「あたらしいハイコーフェス」を託したんです。

 

 

こんなに書いていますが、まだ「カッコいい」だけしか書いてないですからね、

「THE ROUGES」がどんなバンドなのか皆さん全然見当も付かないかと思いますが、

「THE ROUGES」はギターボーカルのHiyokoさん、ベースボーカルのKyoroさん、ドラムボーカルのPakoさんの男女3人組で、

どこからどう見ても海外モデル並みのイカしたルックスだし、

どこからどう見ても奇抜なファッションセンスでイカれた髪の色で大きなタトゥーだし、

パッと見で「ガールズバンド?」なんて思う人もいたかも知れませんが実はHiyokoさんはキレイな顔した男性で、

キラキラしたギターの音と底抜けにキュートな歌声でメンバー全員がボーカルを取るスタイルが魅力です。

 

とは言え、ありきたりな言葉では伝えきれないのもルージュスの魅力で、

むしろ言葉ではなく「アーティスト写真を見て皆さんが想像したとおりのバンド」で大丈夫で、

「こんな見た目の人たちが、こんな音楽をしてたらカッコいいのになー」って望んでいたとおりの音楽です、

見たまんま、そのまんま「視覚と聴覚にガツンとくるクソカッコいいパンクロック」が「ルージュスの音楽」です。

 

「慣れてますよ的な顔」で「最強って顔」で「この瞬間を楽しんでますよみたいな顔」で、

「世界中のカッコいいを全部ぶち込んでごちゃまぜにして飲み込んだカオス」みたいなのがボクのイメージする「TOKYO」だとしたら、

まさに「田舎者のボクらが憧れるTOKYO」が全部詰まったのがルージュスの音楽だし、

まさに「田舎者のボクらがため息出るほど劣等感を感じてしまう大嫌いなTOKYO」もまたルージュスの音楽で、

わざわざ意味ありげに「東京」を「TOKYO」と書きたいのも、

ルージュスみたいなバンドは決して東京にも存在しないからで、

「ガレージパンク」とか「サーフロック」とか「ジャンル」で分ければ確かにそうなのかも知れないけど、

でも「聴く人によっては全然違うジャンルに聴こえてしまう」のがルージュスの音楽の特徴で、

いい感じに「例えて」書きたいのですがボクの数少ない言葉のレパートリーで説明するのは難しいんですが、

全然分かりにくいかも知れないけど「分かった!」って人がいたらそれはそれで嬉しいので敢えて書きますね、

「ビバリーヒルズあたりの金持ちの悪ガキたちがノリノリでやってそうな感じのイカしたロック」で、

「コリンハーモニーのガンモって映画やゴーストワールドって映画の主人公たちが聴いてそうなイカしたロック」で、

「あのノリ」って「日本人には絶対出せない感じのやつ」で、

「サイテーで最高」を底抜けにキュートに体現しているイカしたパンクロックです。

 

とは言え、「日本において何にも似ていないバンド」なんてご本人さんたちが雑誌のインタビューで話していたからって、

「外国のバンドの真似」をしてるだけなら別にカッコ良くもなんともないですよね。

結局は「オリジナルなんてどこにもないよね」になっちゃう訳ですからね。

でもルージュスには「オリジナル感」がめちゃめちゃあって、

「ただ外国のバンドの真似をしている日本のバンド」とはどこか一線引いてる感じもあるんです。

英語で歌っているかのようにも聴こえてしまう日本語歌詞でのボーカルも個性的だし、

発音が良いとかとは別にちゃんと外国人が洋楽を歌っているかのような妙な心地よさがあるし、

きっと突き詰めた結果の極めてキャッチーな曲調とカラフルでキュートな歌声は、

「日本人にこのカラッとしたポップさはないなー」って感じもして、

「意識してやっています的」な、「洋楽風を狙ってやってます的」な、

そう言う変ないやらしさも全然感じなくて本当に「普通」みたいにやってるんです、

普通にやってるくせにちゃんと「外国」なんだからビックリしちゃいますよ。

この感じって多分、ルージュスの皆さんが心から「外国のバンド」を愛してるからこそだと想うんです。

好きすぎて多分この人たちは「国籍」が変わってしまったんでしょうね。(きっとそうに違いない!そうじゃなきゃおかしい!)

そんな意味でも「まだ誰もやっていないような音楽」なんてこの世に存在しないのかも知れないけど、

ボクにはルージュスの音楽は「発明」みたいにも想えるんです。

ジャンルを超えて、国を超えて、ビジュアルも音楽性も全部ひっくるめて、

「外国」と「東京」が激しく混じり合って溶け合った「あたらしいTOKYO」みたいなのが、

「1番カッコ良くて1番あたらしいのがルージュスの音楽」なんです。

 

そもそも「ハイコーフェス」って、

こんなクソ田舎町で年に1度だけ「TOKYOを感じられる」みたいな時間で、

「クソつまらない日常」がたった数時間だけ「非日常」に変わる魔法みたいな1日で、

「生活」とか「退屈」とかそれぞれがそれぞれの「日常」を忘れて、

「ただ面白い」だけが溢れてる「夢みたいな1日」ですよね。

そんな意味で言えば「ボクらが憧れる夢のTOKYOみたいな世界」が「ハイコーフェスの世界」な訳で、

「夢」とか「希望」とか「キラキラしたモノ」を見れるのが「TOKYO」だし「ハイコーフェス」な訳で、

でも、どうしたものか、これはきっとボクのせいなんだけど、

「最近のハイコーフェス」はと言えば「想い」だったり「気持ち」だったり、

「ドス黒い得体の知れない何か」が「キラキラしたモノ」の輝きより大きくなってしまっていて、

それはそれで「ハイコーフェスらしい感じ」がもちろんあったけど、

でも「ボクと君の日常や生活の色」があの会場に溢れ出ていて、

キラキラした色を塗り潰そうとしているようにも見えたんです。

「面白いこと」ってもっとカラフルであるべきなのにボクにはどこか霞んでも見えたんです。

「面白いことをしたい!」って時に伴うべき「軽薄さ」が「カラフルな色」だとしたら、

その「カラフルさ」みたいなのがどんどん薄れてしまっていて、

「軽薄さ」があったからこそ自由だったし解放されていたはずの「面白いって気持ち」が、

いつのまにかどんどん窮屈になってボクにはどこか色褪せても見えて、

「こんなつもりじゃなかったのになー」とボクは1人で虚しくなったんです。

だからこそ「ドス黒い得体の知れない何か」を破壊するためにハイコーフェスにはパンクロックが必要だった訳で、

今年もう1度あたらしいハイコーフェスを作り上げるために「カラフルさ」がなくちゃいけなくて、

そしたらやっぱり「外国のお菓子みたいにカラフルなバンド」が必要で、

ルージュスの音楽が「あたらしいハイコーフェスのシンボルカラー」じゃなきゃダメなんです。

 

誰だって「1番あたらしい」のを見つけたら嬉しいですよね?

「まだみんなが知らない外国のカラフルなお菓子」みたいな音楽を見つけたらワクワクしちゃいますよね?

そしたらルージュスの音楽なんか本当に自慢になりますよ、

だって「東京」より「TOKYO」してるし、「外国」みたいに「カラフル」してるんです。

「まだ誰も見つけてないあたらしいカラフルなのを見つけましたよ」的な優越感がたった4200円で買えるんだから、

ゴマシオでインスタ映えしてる場合じゃないですよね、

ゴマシオでランチなんか4回我慢してでもハイコーフェスで「THE ROUGES」に出会うべきだし、

ボクが信じた「最新型」にこそ「いいね」しに来てもらえたら嬉しいです。

 

ボクは「味噌くせー」のが大嫌いなんです。

「味噌くせー」の中から漂う「オシャレくせー」のも大嫌いなんです。

でも「ハイコーフェスのイメージ」ってやっぱりまだまだそっちで、

破壊しても破壊しても「田舎ならでは」みたいな括りでまとめられちゃってて、

「ハイコーフェス」って「クソカッコいい」のにね。

なので「味噌くせーハイコーフェス」を払拭する「あたらしいハイコーフェスの証」が「THE ROUGES」で、

だからって「若い人」だけが「最新型が似合う」なんて考え、そんなのウソですからね。

「年甲斐もなく」とか「私には派手すぎる」なんて諦めちゃう心が1番味噌くせーんですよ。

年なんか取っててもおじさんでもおばさんでも全然大丈夫です。

「カッコいい」を「ちゃんとカッコいい」と叫べたら誰だって「最新型」になれるし、

ボクの調べによるとルージュスの皆さんは「あんな怖そうな見た目」ですが超やさしい人なので、

「ルージュスのカッコいい音楽」に「ちゃんとカッコいい」と叫んであげたら絶対喜んでくれる人たちなので、

「味噌くせー気持ち」なんかさっさと脱ぎ捨てて、ステップ踏んで一緒に踊りましょうね。

「踊るんだよ。音楽の続く限り」です。 

 

そんな訳で、

「海のそばで生まれたからと言って「海の男」とは限らないように、

「湘南ボーイ」もまた湘南だけに住んでいるとは限らないぜ。」って、

「オレより海が似合う人はいないよなー」ってこれがボクの夏の口癖ですが、

(全然似合わないよって返される事がほとんどですが・・)

少し遅れて来た夏、ボクより海が似合う最新型ロックバンドが「夏の終わり」に登場です。

今年は初年度ぶりに10月開催の遅いハイコーフェスで、

なんだかすっかり「夏」を忘れてしまいそうですが、

これ1番大事なことですから忘れないでくださいね、

「ハイコーフェスが終わるまでが夏」なんですからね。

夏の終わりのビックウェーブがルージュスです。

2017年最新型ロックの大波にノリ遅れないようにサーフボード片手にいらしてくれたら嬉しいです。

(本当に持ってこられたちょっと邪魔だけど・・・)

  

 

最後に「海が似合う」で有名なボクから、

海にまつわる素敵なポエムのプレゼントでお別れしましょう!

 

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ハイコーフェスの帰り道、

車窓を流れる「海」を眺めて、

あれは本当は「湖」だけど、

「本当のこと」なんて実は「どうでも良いこと」の方がほとんどで、

「シアトル生まれマイアミ育ちカリフォルニアのサーフロック」、

カーステからは「THE ROUGES」、

「海が見たい」と君が言って、ボクは君にキスをした。

「THE ROUGES」の「音楽」は、「つまりはそんな音楽」です。

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こんな音楽どや!ええやろ!