【ごあいさつ】

世界中に楽しい事が次から次にあるにも関わらず、

懲りずに毎年進級してくれる皆さんも、

今年初めてハイコーフェスに興味を持ってくれた皆さんも、

お待たせしました、今年もここからハイコーフェスの始まりです。

 

「やっぱり続いたか!」って安心した人、

「マジか!続くのか!」ってビックリした人、

「やめときゃ良いのに!」って影で笑っている人、

「嬉しいです!」って泣いてくれた人、

たくさんの「声」をありがとう、

たくさんの「愛」をありがとう、

たくさんの「悔しさ」をありがとう、

たくさんの「想い」をありがとう、

たくさんの「なにか」を飲み込んで、

「ぼくのボクのハイコーフェス」が今年も始まりますね、

「それぞれのボクのハイコーフェス」が今年も始まりますね。

 

「好きなことがあるのは良いことだよ」、

「やりたいことがあるのは良いことだよ」、

子供の頃からボクは「好きなこと」と「やりたいこと」が常にあるような少年で、

それを「大人」は「良いこと」のように度々褒めてくれました。

とは言え、「良いこと」だとおだてられて好い気になっていた事の中にも、

「バカだったなー」ってこともあるし、「デタラメだったなー」ってこともあるし、

「恥ずかしいこと」も「十字架として背負い続けてること」も、そりゃあいろいろある訳で、

(今想えば「良いこと」なんておだてられて「大人」に試されていただけだったのかも知れないけど・・・)

で、その延長線上に「今の自分」がある訳だから、

「良いこと」も「悪いこと」も「その時には分からなかった」けど、

とにかく「そういうの」があったからこそ、

28歳の時のボクは「ハイコーフェス」を始めた訳だし、

生きてて本当に面白かった気がします。

 

少年だったはずのボクもいつからか「大人」になっていて、

「良いこと」と「悪いこと」の区別くらい自分で判断がつくようにもなって、

できるだけ「良いこと」をして、できるだけ「悪いこと」をしないようにして、

「普通の人」に比べたら、その「計り」は少々ズレていたのかもだけど、

いつの間にか「良いこと」を「好きなこと」に置き換えて、「良いこと」を「やりたいこと」に置き換えて、

そんな風にどこかで自分にウソをついた上で、少しは「大人」になったつもりでいた気がします。

 

でも「良いこと」も「悪いこと」も「必ずしもそうじゃない」って事を、

ハイコーフェスを続けて来たおかげで思い出した気がします。

 

去年のハイコーフェスの終わりにトムボウイズの皆さんが言ってくれた言葉があります。

「進藤さんも近江さんも少年のような心を持った大人ですね、若いカッコいいおじさんです。」

19歳の女の子にそんな風に言われて嬉しくない訳がありませんでした。

「大人になること」は「良いこと」だけど、「大人になること」だけが「良いこと」じゃない。

わざわざここに書いちゃうくらいに本当に自惚れてバカみたいだけど、

「悪いこと」をしていたはずなのに「良いこと」をしたような、本当に清々しい、誇らしいくらいの気持ちになったんです。

 

ハイコーフェスが続くことを「良いこと」に思う人も、

ハイコーフェスが続くことを「悪いこと」に思う人も、

どっちも多分正解だし、でもどっちも多分不正解で、

正解かどうかは「今の時点」と「後から想い返すと」では必ずしも一致するものではない訳で、

そうなると「今」が必ずしも正解って訳じゃなくて、極端に言えば「今日」と「明日」でだって正解は違う訳で、

ボクはいつからかハイコーフェスを続けることを「悪いこと」のように想っていたけど、

「家族」に迷惑を掛けること、「友達」に迷惑を掛けること、

「友達の家族」に迷惑を掛けること、「仕方なくの人」に迷惑を掛けること、

「呼ばれなくなった出演者の皆さん」に悲しい想いをさせたこと、

「一回は来てくれたけど二回目は来てくれなかったお客さんたち」の楽しい思い出になれなかったこと、

それを全てひっくるめて、ハイコーフェスを続けることを「罪のようなもの」として背負っていたけど、

ボクがいつか歳をとって「そういうの」を全部思い出した時に、

ハイコーフェスはきっと「良いこと」のように想えるような気がしてきて、

たとえば子供の時はあんなに辛かったり大変だったり悲しかったり嫌だったことだって、

今となればそのほとんどが「良いこと」だったと想えることばかりだし、

もちろんその反対に「悪いこと」だって「良いこと」と同じ数だけあったはずだけど、

後から想い出してみると圧倒的に「良いこと」の方が多かった気がしませんか?

結局、「過ぎ去った想い出」なんてのは本当に「いい加減」で、

「ほとんどのこと」を「良いこと」のように想えてしまうから「想い出」は本当に面白いですよね。

 

ボクは本当にしあわせな性格で良かったです、バカで良かった。

「良いこと」も「悪いこと」も「想い出」になれば「全部面白い」んです。

あの日抱いていたはずのたくさんの「悪いこと」も想い出にさえ出来たなら全部面白いんです。

 

今年ハイコーフェスが掲げたキャッチコピーが2つあって、

「もう何も考えたくないよ、ロックンロール、ロックンロール、ボクを殺してくれ。」

この「ボク」は「ハイコーフェスの進藤くん」の「ボク」で、

「ぼくのしあわせをひきかえにします。」

この「ぼく」は「ただの進藤くん」の「ぼく」、

一緒にハイコーフェスを続けてくれた「みんな」の「ぼく」です。

どちらが「良いこと」なのかは一目瞭然ですよね。

たくさんの「ぼく」に支えられて、「それぞれのぼくのしあわせをひきかえ」にして、「ボク」はハイコーフェスを続けます。

でも「ボク」がいないと「ぼく」も「それぞれのぼく」も、「良いこと」をしている実感は薄れちゃいますからね、

きっと最後には「君」も、「ボク」がいたことを「良いこと」のように想ってくれる気がするんです。

もし1人でも「ボクのしあわせをひきかえにします。」に、

「ぼく」が「ボク」に変わっている人がいたなら、やっぱり「必ずしもそうじゃない」って事ですよね、

それが「ぼくの全然知らない人」か「ぼくの大切な人」かでウエイトは随分変わってしまうけど、

もうこれ以上、「ハイコーフェスのこと」を「悪いこと」のように想うのは違うのかもなーと想ったんです。

 

ボクが「ハイコーフェスを続けた理由」は、多分たったそれだけです。

 

本当は誰にも分かるはずがない「想い」みたいなのがない訳じゃないけど、

最初からそんな事ばかり書いちゃうと皆さん困ってしまうだろうから、

「重!」みたいな、「暗!」みたいな、「ボクのハイコーフェス」ばかりを背負ってしまって、

ハイコーフェスの事を「可哀想」みたいに想っちゃうから、

せっかくの告知解禁日ですからね、お祭りムードでカラっといきますね。(眠くて早く書き終えたいだけかも知れないけど)

去年のハイコーフェスでボクは、「ロックンロールには軽薄さと自惚れも大事だ」って事を勉強したので、

今年初めてのご挨拶は「これでいいのだ!」って赤塚不二夫先生のギャグくらい「軽い」感じにしておきますね。

(これでも長かったら、鬱陶しかったらごめんなさい!)

 

良いも悪いもなくなった本当にしつこいハイコーフェスが今年も開催されますよ!

死んでも死に切れない「死に損ないのハイコーフェス」が今年も死に場所を求めて帰って来ましたよ!

そんな訳で、どうやらめでたく今年も「ボクと君のハイコーフェス」が、

ひとりひとりの「ボクと君のみんなのハイコーフェス」が始まります。

「楽しい」と想えば「楽しい」し、「面白い」と想えば「面白い」し、

「世界で1番」と想えば「世界で1番」だし、「サイコーだ」と想えば「サイコー」なんです。

信じてくれたら必ず「魔法」に掛かるので、必ず「奇跡」が起こるので、

ハイコーフェスはそんな「ボクと君の物語」、そんな「ボクと君のストーリー」なんです。

 

「音楽フェス」だけど出演者の事なんか全然知らなくても全然好きじゃなくても、

「騙された」と想って来てくれたらきっと分かります。

 信じてくれたら大丈夫、きっと淋しくて笑って帰れるから!

 

何はともあれ、ハイコーフェスが始まります。

もうすでに実行委員の何人かには散々迷惑も掛けたけど、今日から新たに始まります。

 

たくさんの「ボク」と「君」に感謝と愛をこめて、

「ボクは君を楽しませたい、君はボクを楽しませてくれる」

 

 

 

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と言う事で、「ハイコーフェスの進藤くん」は相変わらずですね、

これが10/9まで続くかと想うと鬱陶しくてうんざりですね。

もう何日も前からこの記事を書こうと想っていましたが、やっぱりなかなか踏ん切りがつかなくて、

だって今日からぼくの中の「ハイコーフェスの進藤くん」が蘇る訳ですからね。

やっぱり少し不安なんです、怖いです。

だって、「ぼくのしあわせをひきかえにして」、ぼくの中の「バケモノ」が、もう1人の「ボク」が蘇るんです。

正直相当な決心が必要です。頭抱えちゃうくらいにいろんな事が「ひきかえ」になる訳です。

本当なら仕事が終わって夜なんか、毎日ダラダラしていたいくらいの性分です、

漫画でも読んで柿ピーでも食べて、こーちゃんとさんちゃんと仲良くぷよぷよして遊んでたいくらいです。

夏なんか特にね、すいかでも食べてテトリスでもして寝転がってたいくらいです。

でもそんな「しあわせ」をひきかえにするだけの「何か」がハイコーフェスにはあるから、ぼくは「ボク」を信じています。

それどころか「しあわせ側」にいるはずの「家族」、

「こーちゃん」だって、「さんちゃん」だってなんでか応援してくれてます。

もうこうなったら、やさぐれてる訳にはいかないので一緒に信じてください。

多分あの人が1番ハイコーフェスを愛してますからね、「偏った愛情」ってヤツに一緒の巻き込まれて奇跡を見ませんか?

良かったら皆さんにも、もしかしたら「しあわせをひきかえ」にしてでも、一緒に面白がってもらいたんです。

 

ハイコーフェスを愛する皆さんのために今年もここに誓います。

10月9日(遠くの日)、この日ハイコーフェスを世界で1番面白い場所にしてみせます。

どんなに辛くても面倒臭くてもお金の事で心配しても責任で押しつぶされそうになっても、

いつも一緒に頑張ってくれる実行委員のみんなに迷惑を掛けても君に呆れ返られても、

それでもボクはやっぱりハイコーフェスが大好きだから、

「たかが音楽の力」で「ボク」と「君」と「みんな」を必ず幸せにしてみせます。

 

決して交通の便が良いとは言えない場所で開催しては、

決して安くない入学料に4200円も頂いて、

遅刻厳禁ですよ!って朝の本当に早い時間からですもんね、

友達でもなんでもないはずの「ただハイコーフェスを愛する皆さん」が、

あんなにもたくさん集まって来てくれて、

企画するボクらはもちろん、来て下さる皆さんも面倒くさいをいくつもいくつも乗り越えて、

つまりはそれも、「皆さんのぼくのしあわせをひきかえにします」ですよね。

それでようやくあの奇跡みたいな1日が成り立っていると思うと、

随分と手間の掛かる「バカバカしいフェス」なのかも知れませんが、

でも「皆さんのぼくのしあわせをひきかえにします」でハイコーフェスを助けてください。

来てくれた皆さんの「しあわせ」が、「ハイコーフェスの奇跡」に繋がるんです。

 

過去に1度でも来てくれた皆さんにも、

まだあの場所でお会いした事のない、あなたや、あなたや、あなたにも、

どうにかしてあの場所で面倒くさいを全部ぶっ飛ばして、

今年も1人でも多くの人にハイコーフェスを愛してもらえたらなーって、

もう毎年本当にしつこいかも知れませんが今年もハイコーフェスの「たかが音楽の力」を信じて、

あの奇跡みたいな場所に、世界で一番面白い場所に、皆さんに集まって来てもらえたら本当に嬉しいです。

 

御目当ての出演者がいなくてガッカリしないでくださいね。

大好きなあの出演者が今年はいなくてガッカリしないでくださいね。

「誰が出演するとか関係ない」くらいに、きっとあの場所に来てくれたらそれが伝わるのが、

本当に意味分かんないくらいに飛び上がるくらいにサイコーなのがハイコーフェスなんです。

 

今年もきっとサイコーに面白いハイコーフェスにしてみせます。

あなたがハイコーフェスを愛してくれる限り、

ボクも実行委員のみんなもきっとあなたを心から楽しませてあげられる自信があるんです。

 

そんな訳で、こんなにも暑苦しい「学級新聞」のコーナーでは、

今年もハイコーフェスに関するいろんな情報を更新していく予定ですので、

ちょくちょく更新するように頑張りますので、

時々で全然大丈夫なので何かを「想い出す」みたいにたまに覗いてくれたら嬉しいです。

 

許されるなら、できる事なら、

いつまでも続けたいけど、いつまでも奇跡を信じたいけど、

いつまでも続かない事をボクも君も知っているし、続かないから奇跡なんです。

いつまでも続かないと分かっているからこそ、今年も最後のハイコーフェスになります。

 

8回目の開催は「8」を横に倒すと「∞」になって「無限大」なんだってさ!

 相変わらずのボクたちには「それ」が何を意味しているのかさっぱり分かりませんが、

「意味」なんか後からいくらでも付いてくるから大丈夫!

 

 

「ボクたちはたかが音楽の力を信じます」

 

良かったら皆さんも心の底から信じてくれませんか?

良かったら皆さんも心の底から騙されてもらえませんか?

あなたが信じたことで起こるストーリーが、つまりはハイコーフェスなんです。

 

今年もあの場所で一緒に叫びましょうよ、精一杯でかい声で!

まだハイコーフェスを知らない遠くの誰かまで、この想いが届きますように!

 

「ボク、ハイコーフェスが大好きです」

 

「ハイコーフェス愛してるよ」

 

 

秋田ハイコーフェス実行委員会

実行委員長 進藤直樹