【ボクが大好きな平井正也について】

【ボクが大好きな平井正也について】

 

「出演者紹介」がなければ、どれだけ「楽」かと思います

どうにかして「パパッ」と終わらせてやろうと思っても

書き出すと止まらないからこれが本当に困ったもので

「本当に長かったなー」って、「書くの辛かったなー」って

寝る間を惜しんでせっせと「想い」を詰め込む事に何の意味があったのか

そもそも「出演者」を紹介すれば良いだけなのに

自分でも「何」が伝えたいのかイマイチ分からないまま

「ただ長いだけ」の文章ばかり書いていて

「これがボクのハイコーフェスです!」なんて言われても

「関係ない人」から見れば「全く関係のない話」ですよね

「ただ音楽が好き」でハイコーフェスに来てくれる人や

「ただフェスの雰囲気が好き」でハイコーフェスに来てくれる人や

「ただ面白そう」だからハイコーフェスに来てくれる人や

「ただ出演者の誰かが好き」でハイコーフェスに来てくれる人には

「何のため」に書いてるのか分からない事に1ヶ月半も時間を割いている訳で

これこそ本当に「意味のない事」でしたよね

それでも最後には「長かったけど短かったなー」って

「辛かったけど楽しかったなー」って想えるんだから

ボクはまだまだ「ハイコーフェスが好き」なんでしょうね

「やらなきゃいけない事」と「やりたい事」なんてきっと紙一重で

「出演者紹介」が「どっち」かなんて説明する必要はないですよね

「届いて欲しい人」には届いたと信じてるし

「ただハイコーフェスが好き」で来てくれる人にはちゃんと届いてると思うので

残り数日間は皆さん「奇跡」を信じ続けてくださいね

ハイコーフェスは「ボクが思いつくだけの事が起こるだろう」だし

「君が信じられるだけ全部叶うだろう」なんです

 

今日で本当の本当におしまいだから、書く前からすでに淋しくて

始まったら終わるから、このまま何日も今日が続けば良いのにって想います

でも始まらないと世界で1番面白くなれないから始めるしかないですね

ちゃんと全部を読み切って予習してくれた皆さんなら

知らない間にハイコーフェスに愛着が湧いちゃってるはずだから

きっとハイコーフェスで会えますよね

読んでもらえただけで嬉しいけど、せっかく読んでもらえたなら

ハイコーフェスに少しでも興味を持ってもらえたのなら、せっかくなので会いたいです

会って少しでも楽しんでもらいたいです

「ハイコーフェスの進藤くん」って紹介文だけ読んでると

淋しがり屋でナイーブで陰鬱そうで小難しい自分勝手な奴だけど

でも実際会ってみると「ただのやさしい人」なので

「この人」って本当にハイコーフェスを愛してるから

ハイコーフェスを愛してくれた人の事を喜ばせる名人だから

会って一緒に「想い出」を作りませんか?

ハイコーフェスをあなたの一生忘れたくない想い出にできる自信がボクにはあるんです

「ボクは君を楽しませたい、君はボクを楽しませてくれる」なんです

 

 前売り予約の締切まで残り僅か2日ですが

まだまだボクは諦めきれないので

「出演者紹介」は今日でおしまいですが

どうか最後までハイコーフェスを信じてお付き合いくださいね

あと10人で完売できるんだから

あと10人なんて鼻血を流しながらでもなんとかしてやります 

 

そんな訳でいよいよ最後の1組です

「ボクが世界で1番大好きなロックンローラー」で

「もう1人のハイコーフェスの進藤くん」です!

「マーガレットズロース」での出演も合わせて6年連続6回目の出演は最多ですね

「ミスターハイコーフェス」は「平井正也さん」の登場です!

 

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 【ボクが大好きな平井正也について】

 

出演者紹介を書く時は決まって

「何を書こうかなー」って2〜3日くらい

「対象になる出演者の音楽」と散々向き合っては

きっと皆さんが思ってる以上にたくさん「悩んで」から書き始めるのですが

今日は思ったままに書きたいと想います

「面倒臭い」からとか「時間がない」からとかそんな訳ではなくて

「言葉」を選ぶと「本当の気持ち」を書けなくなりそうで

何より「散々向き合う必要がない」くらいにボクの体は平井さんの音楽で一杯なので

何を書いても「許してもらえる」自信もあるので好きに書いちゃいますね

「ボクが大好きな平井正也について」です

 

3月、平井さんから突然メールが届きました

「進藤くん、元気ですか?」

「進藤くんのブログを読んだり、ハイコーフェスの出演者紹介を読み返したりして、

なぜだか勝手にもう進藤くんに会えないような気がして淋しくなったりしています。」

そんな書き出しのメールでした

 

実はこのメールが来る前にも平井さんは

自ら焙煎してくれた「ロックンロールコーヒー」を送って来てくれて

「進藤君、元気ですか?」って

「進藤くんとこーちゃんに飲んで欲しくって贈ります」って

「ボク」と「君」の「様子」をずっと気に掛けてくれていました

大好きな人にそんな風に気に掛けてもらって嬉しいはずが

ボクは平井さんに返事を返せませんでした

ボクが平井さんに「返事」を返すのは

「またいつかハイコーフェスの出演依頼」を出す時だと決めていたので

「あるかも分からないハイコーフェス」をきっと平井さんも信じてくれているはずだから

「余計な言葉」なんか必要ない気がしたんです

「元気です!」って言葉より、「楽しく暮らしてます!」って言葉より

平井さんが聞きたいのは「ハイコーフェスをやります!」ってその言葉だけだったと想っていたので

平井さんにだけは最後まで「奇跡」を信じていてもらいたかったんだと想います

ちょうどその頃に平井さんの新曲の「奇跡が起きなくて」がYOUTUBEに公開されていました

見てすぐに「この曲、ハイコーフェスの事を歌っている」と思いました

「奇跡が起きなくてよかった」と歌っていて

ボクはそれを「ハイコーフェスありがとう、お疲れ様」みたいな感じで受け止めました

「終わって良いよ」って、「君のせいじゃないよ」って

「ハイコーフェスを全部を許してくれる鎮静歌」のように聴こえました

そんな風に想いながら平井さんが焙煎してくれた「ロックンロールコーヒー」を飲んだ気がします

甘くてやさしい、平井さんのロックンロールみたいな味がして

ボクはすべてから「許された」気分になりました

 

でも本当は「そんな歌」ではなかったのです

 

メールの続きがあります

「8月20日、8枚目のアルバムが発売になります、できることならすぐにでも秋田に行きたくて、

8月21日にどんな形でもいいから秋田でライブをしたいと思っています。」

 「もしも今年ハイコーフェスがあって、呼んでもらえるなら

それまで我慢するけど、いまは待っているより自分の気持ちで

未来を作って行きたくて、こんな話をしています。」

「8月じゃなくてもいいから秋田でうたわせてください。」

「いろいろ考えてることもあるだろうし、簡単ではないと思うけど

とりあえずぼくの気持ちを伝えました。」

 

「ボク」と「平井さん」はいつからか

「同じ気持ち」でハイコーフェスを愛している気がします

いろんな「愛し方」があるけど

平井さんだけは唯一「ボクと同じ気持ち」で愛している気がします

「主催者」と「出演者」で、「呼んでる側」と「呼ばれている側」で

置かれている立場はまるで「正反対」だけど

「平井さんの気持ち」が「ボク」には痛いほど分かるし

「ボクの気持ち」も「平井さん」には長い間、痛々しいくらいに全部伝わっていたと想います

「今日この場所の世界で一番面白いと思ってきてくれて本当にありがとう」

「今日ここである事が世界で一番面白いと思ってきてくれて本当にありがとう」

たった何文字か違うだけで「ボク」も「平井さん」も

ハイコーフェスの事を本当にそんな風に想っているんです

ハイコーフェスの事を「本当の意味」で「世界で一番面白い」と信じているのは

多分世界中で「ボク」と「平井さん」だけな気がします

普通の人なら「本当の意味」では「世界で一番」な訳がないんです

それって「異常」ですからね

どんなにハイコーフェスを好きでも「本気でここである事が世界で一番」なんて

そんな簡単に「誰かの世界で一番」なんかにはなれないんです

でも「ボク」は「世界で一番面白い」と信じて「ハイコーフェス」を続けて来たし

「平井さん」もまた「世界で一番面白い」と信じて「ハイコーフェス」に出演してくれていて

「ボク」」と「平井さん」は「同じ想い」で心の底からそんな風に叫んでいる気がします

「想い」は目には見えないし

「想い」は文字にしても伝えきれないし

「想い」は口に出してもそれが本当なのか分からないし

「想い」を自分以外の誰かに分かってもらおうなんて難しい事で

でも平井さんの「想い」だけはちょっと違って見えたんです

平井さんは「ハイコーフェスじゃなきゃダメ」な人なんです

「平井さんの想い」は「ボクの目」にはちゃんと見えていたし

「平井さんの想い」は「言葉」からも伝わってきたし

「平井さんの想い」は「いつも本当の気持ち」だったし

「平井さんの想い」が「ボク」には全て痛いくらいに分かるんです

「平井さん」が「ハイコーフェスの事」を

「平井さん」が「ボクの事」を

「平井さん」が「ボクと君の事」を

「平井さん」が「ボクと君とみんなの事」を

「カッコ悪いとか関係なくなるくらい」に「我慢できなくなるくらい」に「大好き」で

「お節介とか関係なくなるくらい」に「黙っていられないくらい」に「大好き」な事も

その「抑えきれない想い」みたいなヤツが

誰かに自分の「好き」を押し付けちゃうくらいに

「人の気持ち考えられないくらい好きで好きで仕方ない気持ち」が

つまりは「ハイコーフェスの進藤くん」だったから

「こう言うの」って「カッコ良い事」ではないんです

むしろ「すがりつく」みたいで「往生際が悪い」みたいで「カッコ悪いの塊」なんだけど

でも、その「カッコ悪さ」が「ボクのハイコーフェス」と同じに想えて

「手口」がまるで「ハイコーフェスの進藤くん」みたいだったから

平井さんが誰よりも「たかがハイコーフェスの力」を信じてくれている気がしました

「誰」でもよかった訳ではなくて

もしそれが平井さんじゃなかったら「止まったままの針」は動かなかったかも知れません

でも「誰も」触れられなかった「本当の気持ち」に

「もう1人のハイコーフェスの進藤くん」が踏み込んで来てくれて

「他人」に「触れられたくない大事なところ」に触れられるのって本当に嫌な気分だけど

「平井さん」はもはや「他人」じゃなかったから

「平井さん」は「もう1人のハイコーフェスの進藤くん」だったから

「1人だけど1人じゃない自分」みたいな気分で

ボクも平井さんも「奇跡が起きなくてよかった」なんてこれっぽっちも想ってなかったんです

想ってないから自分に言い聞かせるみたいに「よかった」なんて歌っている気がしたんです

「本当に起きなくて、起きなくて、よかった」なんて「悔しさ」しかない気がして

 ボクはその日、何度も何度も「奇跡が起きなくて」を聴きました

「ハイコーフェスを続けたい」

ボクはようやく「本当の気持ち」と向き合えて

「本当の気持ち」なんかずっと変わらずに「同じ場所」にありました

失くした訳でもなく、隠した訳でもなく、置いてきた訳でもなく、捨てた訳でもなく

変わらずにずっと「同じ場所」にありました

平井さんの音楽がいつもボクの「大事な何か」を突っついてきます

「ハイコーフェスを続けたい」

ボクはその日を境にそれ以外の事は何も考えられない気分になりました

 

その夜、ボクが平井さんに送った返事はこうです

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「8月にライブは無理ですが、

9月22日(木曜日の祝日です)ハイコーフェスを開催するつもりでいます!

 まだこーちゃんにも近江くんにも誰にも相談もしていませんが、でもオレはやるつもりです!

多分、平井さんから手紙が来た時に、こーちゃんは薄々感付いたかと思います!

それくらいの想いがやっぱりオレにもあるんです!

やり方みたいなのは去年みたいには出来ないかも知れないし、

どんな風にすれば誰も傷つけずに出来るのかもまだ分かりませんが、

去年のハイコーフェスが終わってからずっと、いろいろ考えたり、

プライベートで極力人と会わない様にして、ずっと気を内に向けていて、

こーちゃんとさんちゃんとゴマシオと、たまに近江くんとかの事とかも、

本当に大切な人や事を考えて、最後はやっぱり自分の事を考えたつもりで、

おかげで本当の気持ちみたいなのがハッキリしました!

簡単には書ききれない感情ですが、こーちゃんもきっと最後は分かってくれると信じてます!

二人で何ヶ月も内に篭ったおかげで二人とも少しだけギターを弾けるようになったから、

やっぱり「たかが音楽の力」はスゴいですね!

なのでちゃんと開催すると決まったら、

すぐにマーガレットズロースで出演依頼をさせて頂きますから、

それまで平井さんの想いも募らせて頂けませんか?

4月10日くらいまでには開催するかどうか決めますので、もう少しお待ちください!

あたらしいアルバム、本当に期待して待っています!

「奇跡が起きなくて」はハイコーフェスの歌だと思っても良いですか?

今年はきっと平井さんの歌がハイコーの予告編のテーマ曲になる気がしています!

いつも想ってもらって本当にありがとうございます!

オレは大丈夫です!まだ続いています!」

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前に紹介文で書いたとおりです

「ゆーにゃんさん」が引き金を引いた「何か」が

「大森靖子さん」が信じてくれた「何か」が

「もう1人のハイコーフェスの進藤くん」にも届いていたのかも知れません

ここって「タイミング」で平井さんが「何か」を突っついてくれて

「ボクらが信じた事で起こるストーリー」がもう1度始まった気がしました

 

さっきから初めて平井さんと会った時の事を想い出しています

最初に会った時は「ミュージシャンオーラ全開」でちょっと近づき難い感じで

でもボクは生きてて初めて「ライブ」を見てあんな風に「感動」した気がします

「ライブ」なんて他に何回も見た事があったけど

あんな風に「感動」したのは初めてで

あの時からボクは「たかが音楽の力」を信じている気がします

あの日からずっと「ボクが世界で一番大好きなロックンローラー」は平井さんで

次の日、店に来てくれた甲本ヒロトファンで有名な飴子さんに

「昨日平井さん見に来れば良かったのに!ヒロトより良かった!マジで!」と力説したのも覚えています

随分大きな事を言ったなーと自分でも思うけど

去年10年ぶりにクロマニヨンズのライブを見に行って

ヒロトはやっぱりサイコーだったけど、平井さんの方がボクは「感動」しました

あの時、1曲目に歌ってくれたのが「夕暮れとUFO」って曲で

「ボクが思いつくだけのことが起こるだろう、きみが信じられるだけ」って歌詞で

この歌詞が「ボクのハイコーフェス」の「何か」になっていて

「たかが音楽の力」にもっと「感動」したくなったんです

あの日を境に「ボクのハイコーフェス」が一気に加速した気がします

「好きな気持ち」に対する揺るぎない「何か」が芽生えたんです

 

平井さんはいつからか「ボク」の事を認めてくれる様になりました

きっと最初は「変な奴だ」くらいに思っていたはずなのに

「ちょいちょい失礼な事言ってくる奴だなー」くらいに思っていたはずなのに

いつからか「ボク」の事を「認めてくれる」様になりました

もしかしたら初めてハイコーフェスに出演してくれた時から

ボクの事を認めてくれていたのかも知れませんが

今となっては全部「許して」くれて、全部「抱きしめて」くれて

平井さんがいなかったらきっと、ハイコーフェスは続いていなかった気がします

正確にはハイコーフェス自体は続いていたかもだけど

「ボクのハイコーフェス」は続いていなかった気がします

 

「ボクのハイコーフェス」には「愛」と「やさしさ」がなきゃダメで

「ボクと君」にも「ボクと君とみんな」にも「愛」と「やさしさ」がなきゃダメで成り立たなくて

その「芯の部分」になっているのが平井さんです

ボクに1番やさしくて「ボクのハイコーフェス」を誰よりも愛してくれて

「ボクは君を楽しませたい、君はボクを楽しませてくれる」

そんな「ボクのハイコーフェス」の「想い」を誰よりも分かってくれたのが平井さんでした

愛した分の愛がちゃんと返ってきて「愛なんて求めちゃダメ」なんでしょうけど

でも「意味のない事」を初めて誰かに認めてもらってボクは本当に嬉しかったんです

「あなたが受け取る愛は、あなたが与える愛に等しい」

「想い」なんて「音楽」と「関係ない」のかも知れないけど

平井さんはそこに「何か」を感じてくれて

その「分かりにくい何か」が「ボクのハイコーフェス」だから

平井さんに認めてもらってボクは本当に嬉しかったんです

「分かりにくいかもだけど、進藤くんは天才だから好きにさせてあげて!」なんて言っては

こーちゃんをイジケさせた事も今となっては懐かしい思い出です

平井さんがあんまりボクの味方ばかりするから

こーちゃんは何年か前に一度だけ平井さんの曲を聴けなくなった事があったみたいで

自分よりボクの事を好きな人がいるみたいでそれがちょっと悔しかったみたいで

でも大丈夫です、さっきからずっと「東京」が流れていて

「平井さんの歌を聴くとハイコーフェスって気分になるね」って言ってくれてるので

「ボクと君のハイコーフェス」もちゃんと続いています

 

平井さんの「東京」と言う曲は「ボクのハイコーフェス」の「永遠のテーマ曲」です

「ボクのハイコーフェス」の「永遠のテーマ曲」なので

ハイコーフェスのテーマ曲からは毎年外しています、勿体なくて外しています

「ひとりになってさみしいなんて退屈なだけです」

ボクは「退屈」だったからハイコーフェスを始めました

「楽しい」の後には必ず「ひとりになってさみしいなって言いたかっただけです」って

そんな不思議な感覚になるのが本当に好きで

「退屈」だったから「楽しくて」、「退屈」だから「淋しかった」んです

 でもいつからでしょう、ハイコーフェスを愛しすぎるがあまりに

ボクの中から「退屈」が消えた気がします

「退屈」がボクを食い散らかして、そのモヤモヤがハイコーフェスの「何か」だったのに

ハイコーフェスを「想う事」に忙しくてボクはすっかり「退屈」を忘れてしまいました

「退屈」じゃないから心がずっとパンパンに腫れ上がっていて

でもパンパンなのに「空っぽ」みたいな変な感覚で

それでもずっとハイコーフェスを想っていたから

去年の春くらいからボクにはもう何も残っていませんでした

「もっとハイコーフェスのために頑張りたい!」と想うし

「もっとハイコーフェスを愛したい!」と想うし

「ハイコーフェスを愛してくれるみんなを喜ばせたい」

「出演者の皆さん」の事も、「みんな」の事も、「皆さん」の事も、「君」の事も

関わってくれる全ての皆さんに同じだけの愛を見せたかったけど

「最後の力を振り絞ろう」と思っても「最期の力」なんかとっくに使い果たしていて

今年のボクには「本当に何も残っていません」でした

「想い」が枯れてしまったんじゃないと恐くもなりました

出演者紹介を書きながら夜中に何度も吐きそうになりました

吐き出したいはずなのに「何も出てきません」でした

それでも今日まで何とか笑ってできたのは「東京」ってこの曲があったからです

「ひとりになってさみしいなって言いたかっただけです」

その言葉を何度も何度もつぶやいて

それが「ボクのハイコーフェスの見えない心のつっかえ棒」でした

ずっとずっと支えてもらっている今も昔もこれからも「世界で1番大好きな歌」なんです

 

「ぼくも今年のハイコーフェスに出るからには、予定調和じゃない奇跡を起こしたい気持ちです。」

平井さんから届いたメールを何度も読み返しました

「進藤くんが考えるサイコーの舞台を作ってください。それに応えるサイコーの演奏をするからね。」

「予定調和」が「何」なのかいろいろ考えて

ボクは今年「東京」をリクエストから外しました

ボクは出演者全員にリクエストを送ると言う「狂気の沙汰」みたいな事をずっと続けていて

「東京」は平井さんが初めて出演してくれた時からずっとリクエストし続けていて

毎年必ずハイコーフェスで歌ってもらっています

今の1度も「東京」を歌わない平井さんをボクは見たことがないんです

「ずっとずっと支えてもらっている世界で1番大好きな歌」なんだから当たり前ですよね

「東京がボクのハイコーフェスのつっかえ棒」なんだから当たり前ですよね

だからずっと平井さんがハイコーフェスのステージに立つ限り

ボクはあの場所で「東京」が聴きたくて

それが「ボクのハイコーフェス」だったんだけど

でも、それってつまりは「予定調和」な気がしたんです

リクエストした曲を全部演ってくれる人もいれば

全然違う曲ばかりを演奏する人もいて

それがまたボクにはどっちに転んでも面白かったりするのですが

平井さんは「前者」の方でいつもボクが聴きたい曲を歌ってくれて

何の曲を歌ってもらっても全部嬉しいけど

ボクの絞りきれないリクエストの中から選んで歌ってくれて

ボクはいつも満足していました

 

ボクがリクエストを送る理由は

「ボクが好きだと想った曲」を「みんな」に聴いてもらいたいからです

「ボクが好きな歌」を聴いてもらって

それで「好き」や「嫌い」を「判断」をされるなら仕方ないけど

「ボクが好きな歌」を聴いてないくせに、それで「判断」されるのが嫌だったからです

こーちゃんにも聞いたんです

「平井さんにリクエスト送るなら何にする?」

こーちゃんは「斜陽」と答えました

「斜陽も良いよね!斜陽も良い!」

「誰か」の好きを想いながらボクは「ボク自身」が「ハイコーフェスの予定調和」だった気がしたんです

 

平井さんは誰も疑うことなく「ミスターハイコーフェス」だから

「みんな」が聴きたい「ミスターハイコーフェス」だってあるのにね

だから「ボクが1番好きな曲」をリクエストから外す事にしたんです

だって平井さんが「東京」を歌わない「ハイコーフェス」が

ボクには1番の「予定調和じゃないハイコーフェス」だったからです

それでも「奇跡」が見れるんだったら

「ボクのハイコーフェス」なんか終わりにしてもいいなーと想いました

ずっと自分で自分を苦しめていた「何か」からようやく逃れられる気もしました

平井さんにリクエストを送ったのは他の出演者の皆さんよりも2週間も遅れた頃でした

「これで予定調和じゃない奇跡が見れるなー」

「マーガレットズロースで見た、最高の向こう側のそのまた向こう側が見れるなー」

1度はボクもそんな風に自分を納得させました

 

当日まではボクもハイコーフェスの出演者の1人くらいの気持ちでやっています

「絶対に大入りにしてやろう」

「どうにかみんなに興味を持ってもらおう」

「絶対に世界で1番面白い場所にします!」って

ずっとそんな気持ちでやっています

でも、どんなにボクがハイコーフェスのために何かしたくても当日ボクにも何も出来ません

「世界で1番面白い場所」を見せてくれる出演者の皆さんを

ただ「応援」するくらいしか出来ません

こんなにハイコーフェスが好きなのに何も出来なくてもどかしくて

「本当」ならばボクもあのステージで歌いたいくらいです

あのステージで歌って、信じて集まってくれた皆さんを楽しませてあげたいです

でもボクが歌ってもあんまり楽しくないと思うし

ボクが歌っても誰も感動してくれそうにないので

「ボクの大好きな音楽を歌う人達」に歌ってもらっているんです

「ボクが好きな音楽」は「ボクの想い」そのものなんです

ハイコーフェスのステージから聴こえる音楽は「ボクの気持ち」なんです

 

ハイコーフェスが近づいています、1日、1日と近づいています

昨日も今日も一昨日もボクはずっと「東京」を聴いています

ゴマシオの店内でも「東京」だけが繰り返しで流れていて何だか妙な喫茶店です

何回聴いても何回聴いてももう何万回聴いたか分かりませんが

ボクが「閉校の挨拶」で皆さんに感謝の言葉として伝えたい事は

全部「東京」の「歌詞」にある事で

「やさしくなりましょう、おなじ歌ばかりうたって、たのしくやりましょう、くだらない踊りおどりましょう」

「ひとりになってさみしいなって言いたかっただけです」

「今日という日が特別な日ではなくても、ねえ、忘れちゃうと特別な気がするのかな」

「過ぎていく日が特別なふうじゃなくても、ねえ、思い出すと愛おしい気がするのかな」

それ以上の「想い」がボクには見つかりません

 

「閉校の挨拶でオレが東京を歌っちゃおうかな」

ついさっき気分転換にお風呂に入った時にそんな事を「思いつき」ました

半分冗談で言ってるつもりでしたが

「ボクが思いつくだけのことが起こるだろう」って

やっぱりそんな気分になったんです

 

もう出演者紹介でもなんでもない感じですが許してくださいね

でも「何」を書いても平井さんは許してくれるんです

 

「ボク」には「閉校の挨拶」として「5分」の「時間」が与えられています

「5分間」、どんなに期待されてもどうせ「ろくでもない事」や「どうでも良い事」しか言えません

「良い事」とか「感動する事」なんて1つも思いつかないし、1つも言えません

「ありがとうございました!」みたいな

「またきっと会いましょう!」みたいな

「信じてここに集まって来てくれた皆さんが大好きです!」みたいな

「気をつけて帰ってくださいね!」みたいな

そんな「つまらない事」を言うために

わざわざ時間を掛けて「それ風」に話す事になるんです

 

「これ」って全然面白くないですよね

「予定調和にそれらしい事」をただ言ってるだけですよね

レテパのサイコーのライブを見た後にこんな「予定調和」見たくないですよね

せっかくの「奇跡」が、それこそ「台無し」で「茶番」です

なので、この「5分間」、「ハイコーフェスの進藤くん」に与えられたこの「5分間」を

「もう1人のハイコーフェスの進藤くん」に譲らせてください

ボクは「閉校の挨拶」なんかしないので

レテパのライブが終わったらそこに残ってくれた皆さんで

いつもみたいにステージに集まって集合写真を撮って終わりにするので

ボクの「5分間」で平井さんに「東京」を歌ってもらいたいんです

平井さんはもう何を歌うか決めていると思うけど

そこに「東京」は入っていないと思うけど

「ハイコーフェスの進藤くん」が「閉校の挨拶」で言いたかった「想い」を

「もう1人のハイコーフェスの進藤くん」に歌ってもらいたいんです

 

なので「平井正也」の出演時間を「5分拡大」させてもらいます

「もらいたいです」じゃなくて、「もらいます」の方です

ハイコーフェスが終わる時間は変わりません

「ハイコーフェスの進藤くん」の「5分」がなくなるだけなんです

 

平井さんがこの「紹介文」を読んでない訳がないからここに書きました

届いて欲しい人にだけ届けばいい「意味のない事」だったはずだからここに書きました

平井さんが自分のステージの最後に「東京」を歌ってくれるか、歌ってくれないか

それが何よりの「予定調和じゃない奇跡」だと「思いついた」ので

本当に「ボクが思いつくだけのことが起こるだろう」なのか

本当に「きみが信じられるだけ全部叶うだろう」なのか

本当に「奇跡」なんかあるのか「証明」して欲しいんです

「ここに書いちゃったら予定調和じゃない奇跡でも何でもないじゃん!」って

「むしろ予定調和になっちゃうじゃん!」ってそんな風に思うかもだけど

「どうなるのかドキドキしているこんな素晴らしい気持ち」が「予定調和」のはずがないので

「デーデーデーデーデーデーデーデー」ってあのイントロが聴こえても聴こえなくても

どっちに転んでもハイコーフェスにとっては「予定調和じゃない奇跡」になるので

どうか皆さんも楽しみにしてくださいね、どっちでも「予定調和じゃない奇跡」です

もしも「東京」の「イントロ」が聴こえたのなら

ちょっと早いけど「ハイコーフェスの進藤くん」の「閉校の挨拶」だと思ってください

「ボクらが信じた事で起こる奇跡」に「さみしいなって」つぶやいて見てください

 

自分でも終わり方が分からなくなって困ってますが

今年のハイコーフェスはきっとこんな感じで進みます

「淋しさを意識しながら始まって」

「ハイテンションに身を委ねて」

「ただ底抜けに楽しくて」

「得体の知れない何かに包まれて」

「不良にガツンと殺られちゃって」

「瞬きできないくらいに魅了されて」

「一瞬ですべてを失くして」

「神聖な気持ちになって」

「          」

「愛されながら壊されて」

「ハイコーフェスの進藤くん」が「想い描くストーリー」

きっと「ハイコーフェス7」はこんな風に始まって

きっと「ハイコーフェス7」はこんな風に終わります

 

1つだけ「空欄」が気になりますよね

9組目に登場する出演者のところだけがちょっと「想像」がつかなくて

「平井さん」が今年どんな「想い」でハイコーフェスのステージに立ってくれるのか

今日まで待ってみたけど未だにボクには「想像」がつかないんです

だってあの「最高の向こう側のマーガレットズロース」を見た後の「平井さん」なんです

「進藤ちゃん、ミュージシャンにあそこまでさせたらダメだよ!」って

ボクは去年キャメルの須藤さんに怒られたんです

「怒られた」って言うか、須藤さんも嬉しそうだったんです

本当に「最高の向こう側」に連れて行ってくれたんです

マーガレットスローズは完全に背負ってくれていました

あの会場にいた全ての人の「想い」を全部背負ってライブをしてくれたんです

何かが降臨したみたいな「一体感」でした

緞帳が開いた瞬間に一斉に「みんな」が立ち上がって

今までハイコーフェスで見たどの光景よりあの瞬間が「ハイライト」でした

あんな「シーン」は滅多に見れるものではなく

きっとたくさんの人の心にこびり付いていると想います

 

今年はどうしても日程が合わずでマーガレットズロースでの出演は叶いませんでした

誰もがガッカリしました、そりゃあそうですよ、「最高の向こう側」なんだから

そんな訳で「最高の向こう側のマーガレットズロースの残像」と「平井さん」は今年戦う事になりました

「最高の向こう側のマーガレットズロース」を知らなかったなら誰も文句はありませんよね

だって「平井さん」が「ミスターハイコーフェス」な訳だし

「平井さん」は「平井正也さん」に変わりなくて

でも「最高の向こう側」を知ってしまったからには「みんな」簡単には納得出来ないと思うんです

だから今年は「マーガレットズロースの平井正也」と「平井正也」の対決なんです

「ゴジラ対メカゴジラ」くらいのシビアな戦いになると想います

「ウルトラマン対ウルトラマンセブン」くらいのシビアな戦いになると想います

「全部許して」なのか、「抱きしめてよ、むずかしい気持ちも全部」なのか、「全く最高の日だった」のか

「空欄」に当てはまる文字がどんな風であれ

「平井さん」が「ボクのハイコーフェス」の「核」であり続ける「何か」を

今まさに「屈強」に立たされている平井さんがあのステージで見せてくれないはずがないので

「ボクの大好きな平井正也」は1人でだって「バンド」だから

今年はみんなが「マーガレットズロースの平井正也」を忘れちゃうくらいの

「最高の向こう側の向こう側」を見せてくれるはずです

 

塗り替えて塗り替えての「もう1人のボクのハイコーフェス」が今年も始まりますね

多分、今まで見たどの「平井正也」よりも気合いの入った「平井正也」が見れる気がするので

「空欄」は「空欄」のままにしておきます、「正解」は見てのお楽しみに取っておきますね

 

あえて最後まで平井さんの音楽については触れません

「ここが良い!」とか「こんな音楽です!」なんて今更書きません

ハイコーフェスを愛する皆さんなら十分に分かっていると想うし

知らない人は知らないまま見て欲しいんです

「ボクの」でも、「君の」でも、「ボクと君の」でも、「みんなの」でも、もうなんでも良いんです

多分この人の事をこの世界では「ハイコーフェス」って言うんだと想っているので

どうか「ハイコーフェス」を見に「ハイコーフェス」に来てくださいね

「やっぱりハイコーフェスってサイコーですね!」って

「本当に今日この場所が世界で1番面白かったですね!」って誰かに想ってもらえたら

それはきっと平井さんが「この場所」に音楽を届け続けてくれたからなので

平井さんがいなかったら「ハイコーフェス」じゃないし

「ハイコーフェス」がなかったら「今の平井さん」もいなかったかもで

ハイコーフェスと平井さんが出会った事が「奇跡」だったのかも知れませんね

 

 ハイコーフェスに「ミスターハイコーフェス」の登場です

今となっては「当たり前」の事だけど

そこに「当たり前じゃない気持ち」があっても良いよね

「全く最高の日だった」

ハイコーフェスがそんな1日になる事はもう決まりきった事だけど

ボクはそれを「奇跡」と呼んでいます

今年もハイコーフェスが開催されたんだから

「奇跡が起きなくて本当によかった」です

 

最後にこの言葉を平井さんに贈ります、超偉そうだけど平井さんに贈ります

 

「きっともう死ぬまでずっと続けていける、それくらいの大きな愛をありがとう」

 

 

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「やっと終わったなー」って言うのが正直が気持ちです

もう当日まで何日もないけど最後は「1番気持ち強い時」に書きたくて

今日までずっと平井さんの紹介文を残したままでした

 

もうずっとハイコーフェスを想い過ぎて気が狂いそうでしたが

でも1つ成し遂げられたから、最後まで狂っていたいです

こんな「意味のない事」が集客にどれだけの効果があったか分かりませんが

ハイコーフェスを信じてくれる人が1人でも増えたなら

なにもしないで祈るより100万倍くらい良かった気もするし

本当は「自分」のためにやっていた気がします

ちゃんと「ハイコーフェスを好きだ」って気持ちを確かめているんだと思います 

 

皆さんは、ただ遊びに来てくれて、ただ楽しんでいってください

ハイコーフェスを信じてくれた皆さんの「想い」は

全部ボクが食べてあげるので安心してくださいね

皆さんの「想い」が重なって、それでようやく「奇跡」になるんだから

「想い」はボクが全部飲みこむのでハイコーフェスを愛する全ての皆さんと一緒に

ただ「夏の終わり」が見たいんです

 

ボクがどれだけ「想い」を綴っても

ハイコーフェスに実際来て頂かないと

ちゃんと出演者の皆さんのステージを自分で見て頂かないと

伝えきれないのが「本当のハイコーフェス」です

ボクが書いているのは全部「嘘のハイコーフェス」なのかもなので

どうか自分の目で確かめに来てくださいね

 

9/22、奇しくも去年と同じ日に開催する事になった今年のハイコーフェスは

もはや「運命的」な「何か」、「奇跡的」な「何か」を感じます

必ずハイコーフェスを「世界で1番面白い場所」にします

ハイコーフェスを信じて来てくれた皆さんには

あの会場にいる全ての出演者が全てのスタッフが全身全霊で「感動」を約束しますから

1人で来ても絶対に1人になんかさせませんから

ちょっとでも「行ってみようかな?」って想ってくれたのなら

ボクに騙されたと思って来てもらいたいんです

 

今年もここに、もう1度約束させてもらえませんか

「今年もボクらは世界で1番面白いハイコーフェスをここに誓います」

 

それが本当なのか嘘なのか

あなたの目で確かめて欲しいんです

 

 「それぞれ」が「それぞれ」に「恋焦がれた夏の終わり」

「奇跡」みたいな1日がもう直ぐ始まります

 

 「ボクと君のみんなのハイコーフェス」が始まります

 

「奇跡が起きなくても大丈夫」

 

「ボクは君を楽しませたい、君はボクを楽しませてくれる」