2016年

9月

02日

【ボクが大好きなKETTLESについて】

【ボクが大好きなKETTLESについて】

 

今日から「9月」ですね

水曜日、一週間振りの「休日」は

「今日は朝から出演者紹介を書かなきゃね!」と

「今日は二本書いてやろう!」と散々意気込んでいましたが

その前に「やらなきゃいけない事」を1つ1つ片付けてたらすでに夕方で

どこまでも生活に追い込まれてて、こーちゃんと二人でちょっと笑ってしまいました

そんな状況にも関わらず、「これからのために今日は1時間だけ昼寝しよう!」って

あまりにくたびれていたので二人で思い切って少しだけ昼寝をして

ここの出演者紹介の更新ペースも例年より遅いですし

ハイコーフェスを愛する偏った皆さんからは

「何やってんの!根性出せ!もっと頑張れよ!」って怒られちゃうかもですが

まだ「笑えた」んだから、きっと「ボク」も「君」もまだ大丈夫です

去年は「これくらいの隙間」もなかったから

「ボクと君」は潰れてしまったのかなーと

全部自分がやらないとハイコーフェスじゃないみたいに思って

ツッパってでも倒れるくらいまでは頑張ろうって

そんな風にして長い時間掛けて最後の最後まで「ボクと君」を追い込んじゃったけど

倒れそうになれば、潰れそうになれば、ちゃんと支えてくれる人がいたみたいで

今年は特に「タミさん」と「飴子さん」が本当にいろいろと協力してくれて助けられてます

タミさんは今年からホームページをカッコ良く作り変えてくれたり

ボクが書いてるこんな記事なんかも即座にSNSなどで発信してくれて

ボクが信じてる「意味のない事」に「意味を持たせよう」としてくれて

女の子だけど「広報マン」として超活躍してくれてます

それに加えて体育館の装飾で使う名物の「紅白の紙で作ったおめでたい花」も

お盆くらいからたった1人で作り始めて

本当に1人で300個を完成させてくれたみたいで本当に頭が下がります

続いて飴子さんはと言えば

何を言われなくても自分のやる事を全部1人でこなしてくれていて

早くも今年度の「ハイコー顔ハメ記念撮影パネル」も

去年も大人気だった「出演者のイラストカップ」も作成済みらしく

どこにそんな時間があったのってくらいに手際良く仕事をこなしてくれてて

それに加えて「ハイコーシネマDVDのジャケットイラスト」も描いてくれて

こんな風に「ハイコーフェスを愛する仲間」に支えられての残り20日になりますね

 

負けてられないと澁谷くんも新たに「ハイコーガリ勉ノート」なる新商品を開発中らしく

ここに来てメラメラと「学校らしさ満載のお土産グッズ作り」に精を出してくれてますので

こちらもどうぞ期待してくださいね

ハイコーシネマの方も絶賛追い込み中で来週中には予告編が公開できるかな?

近江くんが持てる技術を駆使してバッチリいい感じに仕上げてくれる予定なので

どうぞそちらも楽しみにお待ち下さいね

とにかく合言葉の様に「やるしかねー」と励ましあってます

 

「ハイコーフェスは良い仲間に支えられているね!」って褒められるけど本当にそうに違いないですね

ボクは「ハイコーフェスを続ける」と決めてから1度も誰とも外にビールを飲みにも出た事もないし

ボクの楽しいなんかハイコーフェスだけで良いと思って生活していて

ワイワイ仲良く」なんて思われているかも知れませんが

いわゆる「友達付き合い」みたいな事もしない「ツレない奴」で

それでも愛想も尽かさずに信じて支えてくれる仲間がいるんだから本当にありがたいですね

「あなたが受け取る愛は、あなたが与える愛に等しい」って大好きな名言がありますが

ハイコーフェスってきっとそれと同じだから

きっと最後には抱えきれないくらいの大きな愛が返ってくるから想い出が返ってくるから

最後まで頑張ろうね、みんな頑張ってるけど、最後まで頑張ろう

 

前売りチケット予約受付締め切りまで残りちょうど20日で

「行きたいけど9月のシフトは9月にならないと分からないので」ってそんな方も

今日からもう9月ですからぜひぜひ「ご入学」をよろしくお願いします

今日で前売り予約者が199人で去年の同時期に比べたら全然良い方ですが

完売まで残り51人は数字の上では結構厳しいところかもで

でも、ここからがハイコーフェスの「奇跡」の見せどころですから

例年ここからの追い上げが凄まじいのが「偏った愛情の持ち味」ですから

信じるだけで「奇跡」なんか起こらないので最後の最後までボクも「悪あがき」を頑張ります

 ハイコーフェスを愛する皆さんもどうか諦めずにいろんな人に声を掛けてくださいね

「ごめんね!来年は必ず行くから!」って方がいたら

「ごめんね!来年はないかもよ!」って伝えてくださいね

たくさんの『想い』の積み重ねこそがハイコーフェスの「奇跡」に繋がるので

ぜひぜひここを読んでくれている皆さんにも

「たかが音楽の力」を信じて最後まで応援して頂けたら嬉しいです(選挙みたいにすみません)

最近のボクはどんなにカッコ悪くても平気で頭ばかり下げてます

そうまでしても「成し遂げたい」のがハイコーフェスの「奇跡」なので

どうか今年もハイコーフェスを助けてくださいね、ボクを信じてくださいね

 

そんな訳で9月最初の出演者紹介は

鮮烈のハイコーデビューで会場を一気に飲み込んだ

来場者全員が納得のライブで二年続けての出演です

「ただのカッコいいパンクロック」

「KETTLES」の登場です

 

 

————————————————————————————————————————————————

 

 

【ボクが大好きなKETTLESについて】

 

「こんなに良いとは想わなかった」

初めてKETTLESのライブを見た後に

ボクが思った「それ」が一番素直な感想です

 

これからいろいろと長々と書いていきますが

いちいち毎回この紹介文を読むのが面倒臭いって人は

むしろ「その一言」で全て察してもらえたら

それで全然オッケーです

もはやボクが長々と説明する必要がないくらいに

「スゲー良かったのでKETTLESを見にハイコーフェスに来てください!」で成立できるくらいに

それくらいに「良かった」のが「ボクの大好きなKETTLESの音楽」です

 

ボクはハイコーフェスに初出演してくれる人たちのほとんどのライブを

ハイコーフェスに来てくれたお客さんの大多数と同じ様に

ハイコーフェスで初めて、生の姿やライブを「目の当たり」にしています

きっとこんな「フェス」みたいな事を企画するような人たちの多くは

音源や動画だけでは気持ちが満たされずで

「ライブに行って好きな音楽を見る事」も大好きな人たちで

「この素晴らしさをみんなにも伝えたい」みたいな

自分が良いと想ったバンドを自分が好きだと想った歌を歌う人たちを

たくさんいろんなライブに足を運んで

たくさんのいろんな音楽を自分の目で確かめて

そうやって「自分の目で確かめた音楽の力」を信じて

それで初めてフェスやイベントを企画するのが「普通」だと思います

「自分の目で確かめて良いと想った音楽を誰かにも見てもらう事」

「自分の目で確かめてカッコイイと想った音楽を誰かにも共感してもらう事」

そういう気持ちが大きくなったのがきっと

「当たり前の方のフェスの作り方」のような気がします

 

そんな「普通」と真逆を歩んできた「ボクのハイコーフェス」は

「想像だけ」でほとんどの出演者を決めています

「コレは!」と想った音楽に出会ったら

「発売されてる全てのCD」と「回覧できるほとんどのYOUTUBE」と

「その人たちの公式ホームページの中に書かれてある事」

「その人たちがインタビューで答えている事」

ほとんど「それ」だけを頼りにバカみたいに「想像」を膨らませて

「この人たちはハイコーフェスで見てみないと後悔しちゃうなー」って

本当に「それ」だけで出演者を決めています

この想像や思いつきみたいなのが、つまりはボクが大切にしている気持ちで

「ボクが思いつくだけの事が起こるだろう、ボクが信じられるだけ全部叶うだろう」です

 

ボクは生まれてこの方「ギャンブル」をした事がありません

正確には1、2回くらいはパチンコとか競馬とか

「大人の階段」を上る過程の中で少しぐらいお付き合いした事もありましたが

一生懸命貯めたお金が一瞬で吸い取られて

「ギャンブル」なんてバカバカしくて全然のめり込めないと言うか

「向きじゃないなー」とそれっきりでした

そんな「根っから真面目な好青年」のくせに

ハイコーフェスはいつも恐ろしいくらいに「ギャンブル」ですよね

どんなに「田舎」に住んでいても「お目当てのライブ」なんか

ちょっと足を伸ばせばいくらでも見に行けるし

ハイコーフェスを愛すれば愛する人ほど

「ハズレは許さないから、ちゃんと出演者は自分の目で確かめてから決めてよ!」って

そんな風に思っている人もいるかも知れませんが

「本気」を出したらどこにだって好きな音楽を見に行けるし

「本気」を出したらいつだって見たいライブを見に行けるけど

「本気」を出すのは「ハイコーフェスだけ」と決めていて

(そうじゃないとボクが抱えている生活や幸せに失礼と言うか、大切にしているモノがどうにかなってしまいそうで)

なので「ボクのハイコーフェス」のほとんどは「ギャンブル」で

実際に自分の目でライブを見た事もないくせに

「想像」だけでその年の初出演の皆さんを決めて

「想像」だけに「その年のみんなの想い出」を「賭けている」様なものなんです

 

「どっちのやり方が正確か」で言えば

どう考えても「自分の目で確かめて見た方」が「正確」ですよね

「自分の目で確かめた上での選択」なら「そこ」に「ズレ」は少ないから

当日は安心してフェスを楽しめると思うし

安心して「自分の好きな音楽」として「みんなの目」に届ける事が出来ますよね

正直に書けば「想ってたのとなんかちょっと違った」って事もなかった訳じゃないし

「進藤さんがスゲー良いって言うから期待してたのに」って言われた事もあったし

「想像」が「現実」を超えないと言うか、実際に自分の目で「ライブ」を見た事で

「これならライブを見ない方が好きなままだった」と感じたり、感じさせてしまったりで

それはきっとボクがここに長々と書いている事で

「想像のハードル」みたいなのが「みんな」にも気づかない内に出来あがっていて

ボクが想えば想うほど自分にもみんなにも

「想像のハードル」は「より高い位置」に設定されてしまっているからで

もちろん「その反対」のパターンだってたくさんありました

今年の出演者で言えばこれから出演者紹介に登場してくるベテラン組が良い例ですよね

「キャメル」にしろ、「プルタタ」にしろ、「マーガレットズロース」にしろ、「僕のレテパシーズ」にしろ

毎回毎回ボクが作り上げた「想像のおばけ」をやっつけてくれて

そうやって4回、5回、6回と何度もハイコーフェスに戻ってきている訳で

でもやっぱり「想像のハードル」は高いし、「想像のおばけ」は強いですからね

なかなか「それ」を超えられないし、なかなか「それ」を倒す事は難しくて

それがつまりはハイコーフェスに何度も出演している人達の「何か」な訳で

だからこそ年に1度きりの「奇跡」に「失敗」なんて許されないから

「初出演」のバンドを選ぶ時なんかは尚更の事ですよね

 

でも「どっちのやり方が正確か」じゃなくて

「どっちのやり方が面白いか」で言えば

あながちボクのやり方が「間違っている」とはどうしても思えなくて

ちょっと話が飛びますが、ボクがまだエリートサラリーマンだった頃に

一緒の班で働いていた「超が付くほどギャンブル狂のおじさん」に聞いてみた事があって

「なんでそんなにギャンブルするんですか?」って聞いてみたら

ニッコリ笑って「そりゃあ勝てるからに決まってるやろ!」って

「あんたが思ってる以上に勝てんねんで!」って答えてくれて(多分関西弁ではなかったけど)

「そんな訳あるかい!あんた騙されてるわ!その前に抜けた歯を直せ!」って思ったけど

今この「KETTLES」の紹介文を書きながら(今のところ全然KETTLESの紹介をしていませんが・・・)

あのおじさんの言葉もあながちウソじゃなかったのかなーと思ったりしています

真面目なボクがそんな風に想ってしまうほど

「ハイコーフェスでKETTLESを見たい!」って「去年のボクのギャンブル」は

高い高いはずの「想像のハードル」を軽く超えてしまって

ライブが終わってすぐに「すでにもう一度見たい」と想ってしまうほどの想像を超える圧巻のライブで

たくさん「想像」していたからこそ「想像」を超えた時の感動は計り知れないですよね

「今日はオレがみんなにヘルス奢ってやるから!」じゃないですけど

使い切れないくらいの「忘れられない想い出って大金」を胸に

本当に「大当たり」を引いたくらいに「懐(心)」が満たされた気分で

だからきっと「ギャンブル好き」は簡単には抜け出せないんでしょうね

自分を信じて「大当たり」を引いた時の「快感」を忘れられないから

「直感」や「思いつき」から膨らんだ「想像」をどこまでも信じてみたくなる

だからこそボクは「想像に賭ける」ってこのやり方を信じているのかなーと思いました

 

 

「ギャンブルの話」ばかりじゃなくて

そろそろ「ケトルスの話」を書きますね(ここからケトルスと記載させてください)

去年もたくさん書いたから皆さんすでにご存知かと思いますが

ケトルスはギターボーカルの「コイケさん」と

ドラムボーカルの「オカヤスさん」の二人組のバンドで

「バンド」だけど「二人組」、「二人組」だけど「バンド」で

普通は「ベース」がいないと「最低3人いない」と「バンド」じゃない気もしますが

ケトルスは完全に二人だけでバンドが成立している

「ただのかっこいいパンクロック」です(終わり)

 

「ここまでダラダラ書いてきて、ケトルスの話になったら随分とあっさりしてるなー」って

ガッカリしちゃった人がいたらゴメンなさい

「進藤くんらしくないなー」って思った人がいたらゴメンなさい

でも説明の仕方がないくらいに本当に「ただのかっこいいパンクロック」がケトルスで

「ニコニコ笑って余計な事をダラダラ歌わないコイケさん」の真似をして

あえてここに「余計な事」をダラダラと書かない方が

なんかその感じが「ケトルスの音楽みたい」で良いなーって想って

でもボクが「それ」をやると急にカッコ付けてるみたいでカッコ悪いから

「あの感じ」はやっぱりケトルスの二人だから「かっこいい」訳で

真似したくても真似できない「ただのかっこいいパンクロック」が

何度考えてもどうしても、「ボクの大好きなケトルス」と言う事になってしまいます

 

去年のケトルスのハイコーフェスでのライブは本当にちょっと圧巻でした

ボクも良く使う表現で「会場を飲み込む」みたいな例え方があるけど

誇張して書いてる訳じゃなくて本当にそんな風に見えました

ステージの幕が開いてさて1曲目

曲が始まる前にオカヤスさんの短い挨拶から始まりました

「初めまして、ケトルスです!」

オカヤスさんが挨拶をしている横でコイケさんが何度も何度も叫んだんです

「アァオーーーーー!、アァオーーーーー!」

そんな雄叫びからスタートしたケトルスのライブは

極端に言えばコイケさんの「アァオーーーーー!」だけで

みんなケトルスに飲み込まれていた気がします

あのステージを見てない人が「可哀想」に想えるくらいに圧巻のライブでした

演奏中はひたすら「ただのかっこいいパンクロック」の連続で

MCではコイケさんがキラキラした目で時折ハニカミながら

「どうぞご自由にアホになっていってください」って

「学祭に出たかったけど出れなかったから今日はリベンジです」って

「ハイコーフェスに出れて嬉しい!」ってそんな話もしてくれて

「パンクロックなのに自然体」で「ただパンクロックをやってますよ」みたいな感じで

その時の顔が本当にキラキラ眩しくて忘れられません

あれだけ「予習」して「想像」して「勉強」してきたボクが

「こんなに良いとは想わなかった」と唸ったくらいだから

多分あの会場にいた「初めてケトルスを見たみんな」も同じ風に思ったに違いありません

とにかく「ただのかっこいいパンクロック」以外の言葉は全部ウソに聞こえるくらいに

ひたすらにやさしくてキラキラした、「ただのかっこいいパンクロック」でした

 

「ただのかっこいいパンクロック」ってちょっと凄いですよね

「激しいパンクロック」とか「無茶苦茶なパンクロック」とか

ボクも去年は「初期衝動的なパンクロック」みたいな書き方で

「不良性の欠片もないキラキラしたパンクロック」みたいな書き方で

ケトルスの事をここに紹介しましたが(その方がみんなにも分かりやすいかなーと想って)

初めてライブで見たケトルスはそんな「借り物の形容詞」が必要ないくらい

本当に「ただのかっこいいパンクロック」で

「激しい」で言えば「滅茶苦茶」で言えばドラムボーカルの「オカヤスさん」なんて本当にすごい

「この人、このままドラム叩いて死ぬんじゃないか?」って心配になるくらいに

本当に激しくて滅茶苦茶にドラムを叩いていたんですが(上手いって意味での滅茶苦茶です)

「ボクの想像」では「手が何本にも見えるくらいに激しくて滅茶苦茶なドラム」

そんな意味でオカヤスさんのイメージは「千手観音様」だったんですが

「実際」はキン肉マンに出てくる「アシュラマン怒り」の方でしたね(伝わるかなー、この例え)

「何か怒ってるんですか?」って聞きたくなるくらいに

メチャメチャに髪を振り乱してドラムを叩いている姿が本当に印象的で

歯を食いしばって、体液がにじみ出てきそうなくらいの顔で

去年ケトルスを初めて見てファンになってくれた「みんな」の間でも

「オカヤスさんヤベーわ!」って、「オカヤスさん超カッコイイ!」って

みんな挙ってオカヤスさんの事ばかり褒めるので

「ちょっと、ちょっと、とは言えケトルスと言えばコイケさんなんだからね!」って

慌ててボクがフォローしなきゃいけないくらいに

本当にたくさんの人の脳裏にこびりつく印象を残していて

とにかく「想像」していた以上に「激しくて早くて滅茶苦茶で死にそうだった」んです

ボクは「そのまま死んでしまいそうなくらいの顔で歌っている人」が好きで

つまりは「必死」で歌っている人が好きでそんな人ばかりをハイコーフェスに呼んでいますが

「オカヤスさん」のドラムはそれに通じるものがあって

本当に「どこで息ついてんの?」ってくらいにあまりに鬼気迫る演奏をしているから

こっちがハラハラすると言うか本当に心配してしまうくらいで

実際にステージの緞帳を閉めるために舞台袖で待機している実行委員の慎ちゃんの話では

「オカヤスさんの苦しそうな呼吸音が、ハアー、ハアーって呼吸音が舞台袖まで聞こえてきて、

あの人あんな風になりながら、それでもまだ叩けるってスゲーわ、アスリートだわ!」ってそんな風に言っていて

さらにはそんな窒息して死んじゃうくらいの演奏に加えてですよ

死にそうになりながらも曲によってはボーカルをとったりして(しかも美声です)

「己の限界」に挑戦しているような滅茶苦茶な姿は

「激しいパンクロック」であり「無茶苦茶なパンクロック」そのもので

だったら尚更「激しくて滅茶苦茶なパンクロック」って紹介で良いんでしょうが

あの時のボクは「激しいなー」、「滅茶苦茶だなー」って思う前に

ただ「かっこいいなー」って、そう思ったんです

「ただのかっこいいパンクロック」です

そんな訳もあり、ケトルスの音楽を「ただのかっこいいパンクロック」と呼ぶ事にしました

(理由になってませんかねー)

 

そしたらこっちはどうですか

「初期衝動的なパンクロック」、「不良性の欠片もないキラキラしたパンクロック」の方です

ボクが初めて見たケトルスのライブは本当に「想像」していた通りで

実際ライブで見てもやっぱりその感じがケトルスの音楽で

でも1つだけハッキリと違ったのは何度も書いている通り「想像を遥かに超えていた事」で

確かにコイケさんの「雄叫び」は

「ロックスターに憧れて初めてギターを持った少年が夜中に一人で叫んじゃう」みたいな

ロックンロール映画にありそうな「あの初期衝動」と近い感じもして

「抑えきれないパンクロックが好きだ」って気持ちが

「ギターを持ってステージに立つ喜び」みたいなのが大爆発していて

でも「あの初期衝動」と圧倒的に違うのは「それ」だけで満足していないところで

「あの瞬間」をもう20年近くも継続して持ち続けている事で

「初期衝動」なんて普通は最初だけだから「初期衝動」って言うんだと思いますが

コイケさんの「初期衝動」は「しぶとい」

「人の気持ち考えられないくらい好きで好きで仕方ない」

コイケさんが歌っているように「自分のやりたい音楽」の「芯」が

「あの時」と少しもブレてなくて、ある意味やっぱり「頑固」なんでしょうね

「衝動的」って気分でコロコロ変わるから「衝動的」って言うはずなのに

コイケさんの「初期衝動」は「ブレなく頑固」だから

きっと誰にでもある「あれもしたいこれもしたいって欲すらも抑えつける信念」があるからこそで

だからあんなにも「激しくて滅茶苦茶で衝動的」に見えるのに

もはやそんな「肩書き」なんか飲み込むくらいの「ただのかっこいいパンクロック」に見えたんです

大好きなブルーハーツ時代の甲本ヒロトさんが

「やさしいから好きなんだ、僕、パンクロックが好きだ」と歌っていて

ボクは「ハイコーフェス」は「パンクなフェス」だとずっと思ってて

「フェス」なんて言ってるくせに

「普通のフェス」にお客さんが期待するところが「ちゃんとしてない」ってだけで

ハイコーフェスに勝手に付けられたイメージの

「のんびり」とか「ほのぼの」と「ゆるい」とか「内輪の」みたいな

そんなのをボクはずっと「クソ食らえ!」くらいに想っていて

「ぶっ壊してやる!」って想っていて

だってやっぱり「ボクのハイコーフェス」はいつだって

根底には「パンク精神」が詰まってると信じてるから

「フェスの恰好良いところを全部面白いだけでひっくり返してやろう!」って

「本物のカッコ悪いは恰好良いって事を証明してやろう!」って

「オシャレでやってる訳じゃないんだ!ハイコーフェスはファッションじゃねーぞ!」って

「みんなカッコ悪くて良い!」って「ダサくて良い!」って

「でもどんな形であれ、今日この場所が世界で1番面白くしようね!」って

「誰が偉いとかないよね、ハイコーフェスを愛する皆さんの事はボクが全員残らず愛します!」って

「ボクは君を楽しませたい、君はボクを楽しませてくれる」って

そういうのが「ボクのハイコーフェスの芯」で

でもこのいわば「パンクロックのやさしさ」みたいな気持ちって

上手に理解しようとしてもやっぱり結構難しいじゃないですか

(詳しくはレッツゴーズの紹介文を読んでね!)

自分では少しくらい分かったつもりでいても

「それ」をハイコーフェスで「みんな」にも分かってもらうなんて

「それ」は本当に並大抵の事ではなくて

年々自分が「求めているもの」と「求められているもの」にも「ズレ」が出てきて

で、去年、そんなモヤモヤを抱えたままのハイコーフェスだったけど

そのタイミングでケトルスがハイコーフェスに登場してくれて

ハイコーフェスに「ただのかっこいいパンクロック」が登場してくれて

もう全部「証明」してくれた気分でした

「勝手ながら自分たちと共通する物を強く感じてすごく嬉しかったです!」

ハイコーフェスが終わってしばらくしてから

コイケさんから頂いたメールにはそんな風に書かれていました

「分かってもらえなかった誰か」に「中指」を立てる訳でもなく

「パンク」に「萎縮」したり「怖がってる人」を包み込むような

「安心感」を与えるような本当に「やさしい眼」で

あの場所にいた全員に「怖がらなくて大丈夫だよ」って

「キラキラした眼」でずっと笑いかけてくれたのがコイケさんで

「あの感じ」こそが「分かりやすいパンクロックのやさしさ」で

ケトルスの「パンクロック」には「それ」があるから強いなーって

「キラキラ」があるから「ズルいなー」って

ステージの上から「ヒロトが口をとがらす」のを真似しているような顔で

でも全然いわゆるパンクヤロー特有の「どや」って顔じゃなくて「キラキラ」してて

時々意識的にボクの方を見て笑ってくれて

コイケさんを見てたら誰だって「パンクロックが好きだ」って想うはずなんです

「恐怖」も「怯え」も「反骨心」も「苛立ち」も

ハイコーフェスが「パンク」に抱いていた「何か」を

もうそんなのはどうでもよくなっちゃうくらいに

「一瞬にして全部なくなる感覚」にしてくれて

ケトルスのライブを見たら誰だって「それ」が

「ただのかっこいいパンクロック」にしか映らないんじゃないかと信じています

ボクにはケトルスは「ただのかっこいい」だけで「全部オッケー」な気がするんです

(やっぱり理由になってませんかねー)

 

何はともあれ、コイケさんも言ってくれたんだから

「ケトルス」と「ハイコーフェス」は似ています

「芯」がブレなくて、「頑固」で、「やりたいこと」しかできなくて

ハイコーフェスが「キラキラ」してるかは分からないけど

「やさしいパンク」って言うのは確かに似ている気もします

(エースコックのわかめラーメンが好きってところも似ているし)

なので、ハイコーフェスの事なんか少しも好きじゃなくて

「いつまでやってんの?バカじゃないの?」って思ってくれてても

「知ってる出演者もいないし全然興味ない!」って人も

どんな理由があっても構わないのでハイコーフェスにケトルスを見に来てください

もう本当にそんな理由なんかどうでもよくなっちゃうくらいに

「一瞬にして全部なくなる感覚」にしてくれますから

「こんなに良いとは想わなかった」

残念ながらまだ一度も「ただのかっこいいパンクロック」に出会っていない皆さんが

ハイコーフェスの「ケトルスのライブ」をそんな風に想ってくれる瞬間を

ボクは心の底から楽しみにしています

 

ケトルスを見て抑えきれなくなった感情は

「人の気持ち考えられないくらい好きで好きで仕方ない」そんな衝動は

こんな風に叫ぶと良いかもですよ

「アァオーーーーー!」または「アァオーーーーー!、アァオーーーーー!」

 

 

 

追伸:今回はケトルスの歌詞みたいに「シンプルで短くキレる言葉」を選んで書いてみようと想ったけど

単純にその方がスッキリ読みやすい文章が書けそうだし、睡眠時間も確保できて一石二鳥なんて想ったんですが

「まわりくどく、しつこく、長い言葉」がボクの出演者紹介の信念のはずなので

コイケさんに「進藤さんブレてるなー」と思われるとハイコーフェスとケトルスが似てない事になっちゃうから

これだけ書けば「全部OK」ですよね(全部OKはコイケさんの口癖です)

 

それから関係ない人には全然関係ない話かと思いますが

去年のケトルスのライブの時になんでか分からないけど

「ボク」と「近江くん」と「澁谷くん」と「三浦くん」の「ハイコーフェス立ち上げメンバー」が

どうしてかケトルスのライブの時だけステージの一番前に4人が勢ぞろいして

きっとみんな居ても立っても居られない気分だったんだろうけど

過去のハイコーフェスを思い出しても

なかなか4人揃って1番前でライブを見るなんて事はなかったから

しかも普段冷静な三浦くんがノリノリだったので、なんかそれが嬉しかったです

しばらくしたら「僕のレテパシーズの古宮くん」も1番前でノリノリでダンスまでしていたので

ケトルスは「かっこいいなー」と思いました(気がついたら平井さんもボクの隣にいたし)

 

それと去年のハイコーフェスが終わってすぐに

コイケさんの真似をして紺色のジャンバーと

(オシャレ用語ではスイングトップってやつで、行きつけのドンドンタウンって古着屋で1500円で)

黒の8ホールのドクターマーチンを買いました

(ヤフオクで510円で、ボロボロだったから超磨いたけど)

ボクはもう「今にもコイケさんな気分」で

少し背中を丸めて口をとんがらせながらジャスコの中を歩きました

その姿が余程に「カッコ良かった」のか

こーちゃんも「コイケさんの真似をするボクの真似」をして

紺色のジャンバーと

(行きつけの万歳堂って古着屋でイングランド製のが2000円で、ボクのはアメリカ製だからちょっと悔しい)

黒の8ホールのドクターマーチンを買いました

(ヤフオクで2000円で、ボクのより高いのにボクのよりボロボロだったから超手入れしたけど)

「こんなペアルックは嫌だ!」じゃないけど

流石に二人して同じ格好でジャスコに行くのをこーちゃんは拒んで

「今日は私がコイケさんなんだから、君は別の着てよね!」みたいな会話が

「ちょっと待ってよ!そもそもオレのコイケさんだよ!君がコイケさん脱げよ!」みたいな会話が

去年の秋から冬にかけて頻繁にこの家では繰り広げられていて

「形」からでも誰かを真似したくなる気持ちって、きっと「尊敬と好意の表れ」だから

「ボク」と「君」にとってのコイケさんとは、つまりはそんな存在なんだろうなーと思っています

今年もケトルスが見れるのは本当に嬉しいけどケトルスは想像を超えちゃうからなー

ボクらの街に「コイケさんが増えちゃうかもなー」って、「ボク」と「君」の「それ」が「今一番」の「悩み」です