【ボクが大好きなsunny sunny girlについて】

【ボクが大好きなsunny sunny girlについて】

 

この街に「夏の終わり」を告げる花火大会が終わりましたね

ボクら家族は何年か振りにこの「夏の終わりの風物詩」に行かない選択をして

見たい気持ちはもちろんあったのですがさんちゃんが本当に疲れ果てていて

その日もその次の日も朝早くから夜までスポ少の大会だったり

有難いことに夏の間ずっと連日ゴマシオも大盛況で大忙しだったりもして

もう本当にボクらはしばらく眠り続けたいくらいに疲れ果ててしまっていて

そんな理由もありで今年は

「夏の終わり」を感じる暇もなく、いつの間にか8月が終わってしまった気がします

 

とは言え、確かに「8月」は今日で終わりますが

「ボクらの夏」はまだまだ終わりませんからね

ハイコーフェスを愛する皆さんにとっては当たり前ですよね

「夏」から「秋」に切り替わる瞬間が「ハイコーフェスの終わり」ですから

あと1ヶ月切ってしまったかと思うと「終わり」が見え隠れして淋しくなっちゃいますが

そんな残り少ない夏をどうか皆さんも名残惜しむかの様に

どうか最後までハイコーフェスにお付き合い頂ければ嬉しいです

 

それから発表が随分と遅くなってしまいましたが

皆さんお待ちかねの『時間割(タイムスケジュール)』も公開しました 

自分で作ったんだから当たり前ですが

「この出演順を超える並びはない!」と断言出来るくらいの

本当に自信を持っての「最初から最後までクライマックス」で

「ハイコーフェスって毎年朝が早すぎませんか?」って声も耳にしますが 

ハイコーフェスって年に一度のお祭りみたいものなので

ワクワクして眠れないみたいな

ドキドキしてすぐ目が覚めちゃったみたいな

家にいても気持ちが落ち着かないからいつもより早く学校に行っちゃうみたいな

遠足の日や運動会、学園祭なんかの「あの感じ」が似合っていると思うので

 「眠いけど早起きした甲斐があった」と思って頂ける素晴らしい1日にしますから

 ハイコーフェスは朝から見逃せない奇跡のステージが大爆発します

 1秒でも長く皆さんにも

「今日この場所が世界で1番面白い」と思ってもらえたら

それが何より嬉しい事だから

ボクと近江くんなんて今からすでに楽しみで楽しみで

昨日も目を真っ赤にして朝の4時半までハイコーシネマの予告編を編集していましたし

(ただ単に準備が上手い具合に進んでなくて追い込まれてるだけですが・・・)

なので皆さんもたった1日だけの「奇跡の1日」ですからね

「充血するくらいに偏った愛情」で

ぜひぜひ早起きして遅刻厳禁でいらして頂けたら嬉しいです

 

そんな訳で折り返しの出演者紹介5組目は

今年のハイコーフェスのトップバッターです

「たかが音楽の力」を信じてくれる皆さんには

最初から「淋しい」を抱きしめてもらいたくって

だって始まったら終わるからね

そんな「淋しい」ばかり考えてしまう

「ボクの心の鏡みたいな歌」を歌う人です

愛しい愛しいボクの淋しいめんこちゃん

「sunny sunny girl」の登場です

 

 

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【ボクが大好きなsunny sunny girlについて】

 

「生きてるうちにあと何回会えるだろう?

わからないけど歌ってる間は私だけを好きでいてね」

 

「ハイコーフェスの意気込み」を

こんな風に書いて送ってきてくれた出演者は「この人」だけで

「こんな風」にしか「想い」を伝えられないところも

そもそも意気込みを「みんな」に向けて書いてる訳じゃなくて

「特定の誰か」に向けて書いているようにしか「想い」を伝えられないところも

そして何より「本当は誰よりも愛されたい」はずなのに

誰よりも自分だけを信じてるくせに

いつまでも臆病で自分に自信がないから「独りぼっち」で

きっと本当は全部小さな偶然なんだろうけど

もしこの宇宙にもう1人の「自分」が存在するとしたら

もう1人の「ボク」が存在するとしたら

「君」は「ボク」だと思いました、「ボク」は「君」だと思いました

 

「今年は夜遅くまで会場を貸してもらえない事になったから出演枠は9組にするね」

そんな風に話してから始まった出演者選考会議は

初出演に「トムボーイズ」と「ミケトロイズ」の2組が決まり(その後、レッツゴーズが追加されましたが)

復活組では「大森靖子さん」の出演がすでに決まっていて

形の上では3人で話し合いをしましたが

残りの6組についてはほとんどボクの意見で決めたようなものでした

澁谷くんと近江くんはただただ同意してくれて今年の出演者が一瞬で全て出揃いました

 

「マーガレットズロース、レテパ、プルタタ、ゆゆん、KETTLES、

それからどうしてもお願い、サニーサニーさんは今年もハイコーフェスで歌わせてあげたい」

 

「どうしてこの中に斎藤キャメルさんの名前がないのか?」とか

「どうしてマーガレットズロースじゃなくて平井さんがソロになったの?」とか

「どうしてゆゆんがいないのか?」とか

「どうしてレッツゴーズが追加になったの?」とか(そこはレッツゴーズの紹介で書いた通りですが)

「どうしてあの人はいないの?」とか

「どうして?」、「どうして?」がうごめきますよね

皆さん聞きたい事や言いたいことがたくさんあるかと思います

そちらはまた後日それぞれの紹介の中にちょっとづつ書くとして

過去最高12組に出演してもらった歴代最高のハイコーフェス

最高の向こう側のハイコーフェスが去年のハイコーフェスだったんだから

そんな「歴代最高で最高の向こう側」を見せてくれた

あの「歴代最高の向こう側メンバー」の中から

今年はどうしても時間の関係上で出演枠を減らさざる得ない状況になり

あの中から6組には出演依頼をできないところから出演者選考会議は始まって

そんな心苦しい状況の中でもどうしても

「ボクのハイコーフェス」を貫き通したかったのが

どうしても出演してもらいたかったのが

「ハイコーフェスで歌わせてあげたかった」のが

「ボクの大好きなサニーサニーガール」だったんです

 

「歌わせてあげたかった」なんて書くと随分と上から目線で偉そうですが

「サニーサニーさんは直樹さんのめんこちゃんですもんね」って

去年から何度も何度も言われて来た言葉がありました

「贔屓目」じゃないけど、「やっぱりそこは外しませんよね」みたいな

そんな目で「ボクの好き」を見ている人がいた事は

ボクが1番分かっているつもりでした

きっとあの娘の歌の素晴らしさに「気付いていない誰か」から見れば

そんな風に見えても当然だと思います

「分かりやすいミュージシャンとしての実績」みたいなのはある訳でもなくて

「インターネットを探せばいくらでも情報が出てくるような」そんな存在でもなくて

知名度はないし、売れてないし、決して上手い訳でもないし

年々「バンド」が主流になってきた「今のハイコーフェス」の中で

「心細いくらいにたった1人での弾き語り」は

言い方が悪いけどライブだって全然派手な訳でもなくて

「せっかく大きな音を出しても良い、年に一度のハイコーフェスのステージ」で

「わざわざこの場面でそこまでして見なきゃいけないものなの?って方の音楽」に部類されていて

そんな「小さな歌」をポツリポツリと歌っているのが

「ボクの大好きなサニーサニーガール」なんです

 

「君はボクだ」とか「ボクは君だ」とか私情を挟むのは良くない事も

ハイコーフェスのステージ側に立つのがそんな簡単な事じゃない事も

そういうのは「ハイコーフェスの進藤くん」が誰よりも分かっているつもりです

それでもどうしても誰からどう思われてもボクは今年もこの人の事を

どうしても「ハイコーフェスのステージ側」に立たせてあげたくて

他のどの出演者より知名度がなくても関係なくて

他のどの出演者より売れてなくても関係なくて

他のどの出演者より全てがおぼつかないライブでも関係なくて

地味でも単調でも下手でも素人くさくても全部が全部、1つも関係なかったんです

いつも淋しそうに独りぼっちで歌っているあの姿が

「ボクとハイコーフェスの関係」をそのまま歌にしてくれているような気がして

たとえ澁谷くんと近江くんがどんなに反対しても

ボクはきっと自分の「想い」を最後まで押し通していたと思います

もし仮にボク1人しかサニーサニーガールさんの音楽を良く言わなくても

ボクはあの「調子っぱずれで半分素人みたいな不安定な歌」

そんな「サニーサニーガールさんの音楽の力」をこの世界の誰よりも信じている自信があって

ハイコーフェスに出演して頂く皆さんの事は

全組「好き」だからこそ出演して頂いている訳ですが

でも例えば大森靖子さんのファンの方の前で

「ボクの方がファンです!」とか

「ボクの方が大森靖子さんの歌を好きです!」なんて

自分の中で「認めてる」じゃないですけど

自分より「好きな人」がいる事を自覚しているからこそ

ボクはやっぱり言い切る自信が持てないんです

でもサニーサニーガールさんの歌については違います

ボクは「言い切る事」が出来るんです

ボクよりこの人の音楽を好きな人は多分

「多分」って言うか「そこ」については絶対かもです

きっと世界中を探しても「ボク以上にこの人の歌を好きな人は見つけられない」自信があって

だからこそ、少しづつ「みんなのハイコーフェス」との「ズレ」で生じた

「失いかけた自信」みたいなやつを「ボクの好き」をもう1度信じてあげたくて

なので「この人」がハイコーフェスのステージ歌わないと

いよいよ「ボクのハイコーフェスじゃないみたい」で

「ボクのハイコーフェスが本当に死んでしまったみたい」で

自分を信じてないみたいでそれがどうしても嫌だったんです

 

去年もハイコーフェスに来てくれた皆さんならもうご存知ですよね

サニーサニーガールさんは「恋の歌」ばかりを「愛の歌」ばかりを歌います

「子供とも大人とも言い難い、思春期みたいな独特な声」で

「声が上ずったり、ひっくり返ったり、擦れたりの、不安定な癖のある歌い方」で

みんな大好きな「恋愛の歌」をたくさんたくさん歌うそんな人です

でも、サニーサニーガールさんの歌は恋や愛の歌ばかりを歌っているはずなのに

「淋しい」ばかり出てくる変な歌で

サニーサニーガールさんの歌はいつも登場人物が「二人だけ」で

「ボク」と「君」か「あなた」と「わたし」が出てくるだけで

いつも「二人称」しか出てこなくて、いつも片方が片方を想うだけ

「想って想って想うだけ」のそんな小さな小さな歌ばかりです

「ボクと君が出会って恋をして幸せになろうよ」みたいなドラマティックな感じではなく

いわゆる「恋や愛の歌」から連想される「キラキラした感じ」とも「甘酸っぱい感じ」とも違う

かと言って「会いたくて会いたくて震える」みたいな大袈裟に「淋しい私」を演出する訳でもなくて

「ただ誰かを想っている」だけの、そんな「淋しい歌」ばかりを歌っている気がします

 

見る度に聴く度にこの人の歌う姿は本当に淋しくて淋しくて

カラッとした歌声だからか全然暗くないし、全然湿っぽくもないし

女々しいくらいに「淋しい」って歌詞が何度も出てきて「思い出」ばかりを見つめてるくせに

むしろ「独りぼっちでいる事」にある種の「誇り」すら感じてしまって

「独り」には「孤独」って意味で使われる場合と

「孤高」って意味で使われる場合があると思いますが

サニーサニーガールさんの「独り」は

その「二つの独り」が絶妙なバランスで交わっているような気もして

小さな体でたった1人でステージに立っていて

そんな「孤独」を全部受け入れた上で

「誰にも分かって欲しくない本当の気持ち」

「自分以外の存在を必要としない独りよがりな想い出」みたいなのを

赤裸々に生々しいくらいに包み隠さず全部歌にしている気がして

曲中に出てくる「君」も「あなた」も「まぼろし」もそのほとんどが「想い出の中の事」で

「前向き」が好まれるこの時代に随分と「後ろ向き」な「想い出」ばかりを歌っています

でも「想い出」を大切にしているそんなに悪い事なのでしょうか

ボクも「後ろ向き」で歩いてきた方だから

むしろ「想い出」だけで十分に幸せになれる方のタイプだから

そんな「ボクみたいに淋しい人」にはきっと全員に当てはまると思うんです

「誰にも教えたくないあの日の本当の気持ち」みたいなのを

まるで「自分宛て」の手紙として目の前で読まれているような気持ちになって

「どうしてボクにそんな大切な事を教えるの?もっと他に誰かいないの?」みたいな

まるで世界中で「自分だけが頼りにされている」そんな気にもなって

「頼り」にされたら誰だって嬉しいじゃないですか

そんな大切な想い出ばかり歌う人をボクはあまり知らないから

やっぱりこの人はある意味「孤高」で

ボクにはこの人の歌がいつも「独りぼっち」で「淋しそう」に聴こえる気がします

 

ボクは「淋しい歌」がとても好きで

そもそも「自分の好きな淋しい歌」を誰かに認めてもらいたくて

それでハイコーフェスを始めた気もするし

自分の中にある「淋しい」って感覚を「特別な気持ち」みたいに思っていて

「さびしい」には「寂しい」と「淋しい」がありますが

「寂」には「さびしい」と言う意味があるらしいのですが

「淋」には「さびしい」と言う意味はないらしく

それを何かの本で読んだ時からボクは自分の中の「さびしい」って感覚は

もしかしたら「淋しい」の方なんじゃないかと思うようになって

「淋しい、淋しい」口に出すけど「本当はさびしくは無かった」気もして

なのでボクはハイコーフェスを始めてからの7年間ずっと

いつも意識して「淋しい」の方の「さびしい」を使うようにしてきました

 

随分と昔に大好きな歌手の「ゆーきゃんさん」がライブのMCの中でボソボソと

「淋しいはその昔、愛しいと言う意味があったそうで」と呟いているの見て

その言葉があまりにも衝撃で「淋しい」について色々と調べた事がありました

いろいろ調べたら確かに、「淋しい」はその昔「愛しい」と言う意味もあったそうで

「愛しい」は今で言うところの「LOVE」ではなくて

「あなたがいなくて淋しい」と言うのが本来の意味だったらしいのですが

いつからか「愛しい」は「LOVE」の方に吸収されてしまって

一般的にも「そちら」の意味合いとして使われる事が多くなってしまっていて

「愛しい愛しいサニーサニーガール」なんてボクが書くと

「LOVE」の方で捉える人もいて面倒臭いなーとも思ったけど

でもボクが大好きな方の「さびしい」

ボクが勝手に「淋しい」と呼んで使っていたこの言葉の正体は

本当はその「淋しいの中からいつしか失くなってしまった愛しいの方」なのかも知れなくて

ちょっと自分でも何書いてるのか意味が分かんなくなっちゃいましたが

「大切にしているものを失うことを惜しむ気持ち」みたいなのが

つまりは本当の意味での「ボクの大好きな淋しい」気持ちで

去年のハイコーフェスにサニーサニーガールさんが初出演して

「ボクの大好きなサニーサニーガール」が

「みんなの大好きなサニーサニーガール」になったあの瞬間

ライブが終わって物販でたくさんの人に囲まれて

持ってきた30枚のCDが本当にあっという間に完売してしまったあの瞬間

その時にボクが感じた「それ」はやっぱり「淋しい」以外の何物でもなくて

サニーサニーガールさんの歌こそが「ボクの好きな淋しい歌」だったから

言葉では上手く説明出来なかったボクのこの「淋しい」って感覚を

「愛しい歌」に置き換えて聴かせてくれたのがサニーサニーガールさんだったから

本当はずっと「ボクの大好きなサニーサニーガール」でいて欲しかったけど

「誰にも見つけられない星になれば良い」なんて想った事もあったけど

ボクはこの人の『淋しい』ところが1番好きだから

これからは「君」の代わりに「ボク」が淋しくなろうと思いました

だから皆さん安心して今年も遠慮せずに愛してくださいね

「ボクが淋しくなる」くらいにサニーサニーガールさんの歌を愛して欲しいんです

ボクが仮にジブリの宮崎駿監督の友達ならすぐにこの人の歌を聴いてもらうんです

きっと宮崎駿監督もこの人の歌をこの人の声をすぐに気に入ってくれて

ジブリの最新作の主題歌にしてくれる気がするんです

随分とスケールの大きな例え話になっちゃいましたが

もっともっとたくさんの人にこの人の歌を知ってもらうのが

「ハイコーフェスの進藤くん」に与えられた1つの「役目」のような気がして

なので、ボクが淋しいのは全然我慢するので「この星」には名前を付けて欲しいんです

「誰にも見つけられない星」だった「君」を

もっとたくさんの人に見つけてもらうのがボクの大切な役目の1つです

 

今年ボクは出演順であまり悩まなくて

それは「1番最初に歌う人」

「ハイコーフェスの始まり」を決めていたからで

出演者が決まっていく中で最初から心に決めていた事

それがサニーサニーガールさんを今年のトップバッターに歌ってもらおうって事で

去年は「知名度のない半分素人みたいな女の子」が「大抜擢」みたいな形で

ハイコーフェスで言うところの「グッとくる時間」

夕暮れの「1番良い時間帯」に歌ってもらいましたが

「普通は知名度順に並べるのに、あの時間帯にサニーサニーさん持ってきたのが良かった!」って

「あの出演順が本当にハマってた!おかげで見ててグッときた感動した!」って

「あの出演順は名采配!」みたいに言われる事が何度かあって

「ちょっと待ってよ!」って言うのがボクの本音で

「舐めんなよ!」って言うのがボクの本音で

「こんなもんじゃねえー!」って言うのがボクの本音で

だから乱暴な言い方ですが見返してやりたくて

出演者の誰もが敬遠したいはずの「ハイコーフェスの始まりの時間」に

びっくりするような「ハイコーフェスの始まり」

びっくりするような「淋しさ」を見せつけてやりたくて

 「始まり」って「終わり」だから

ボクはいつもいつも「ハイコーフェスの始まり」が1番淋しくって

始まれば終わるだけだから、度が行き過ぎて悲しくもなってしまいます

そんな「ハイコーフェスの始まり」に

『サニーサニーガールです、歌を歌いに来ました。』ってあの声が響くんです

もうそれだけでボクは胸が一杯です

何度も書きますね、「ボクの淋しい」は

「大切にしているものを失うことを惜しむ気持ち」ですからね

そんな「淋しい」って気持ちで最初から皆さんにも感じてもらえたら

ボクがハイコーフェスを「最初から最後までクライマックスです」なんて言っているのは

別に大袈裟にそんな風に言っている訳ではなくて

本当に一組、一組のステージが「マジ掛けがえなさすぎて」

あの瞬間がどれほど楽しい時間なのか、愛しい時間なのか

あの「掛けがえのなさ」はボクが誰よりも嫌という程見てきたから

だからわざわざそんな風に叫んでいる訳で

最後に歌う人だけが、後半に歌う人だけが

終わりが見えてきた時にだけ「淋しい」だとなんだか勿体無いんです

「淋しい」って「楽しい」の「裏返し」だから

「淋しい」って「愛しい」の「裏返し」だから

なので「始まり」からちゃんと「淋しい」を感じてもらえたら

「始まり」からちゃんと「淋しい」に気づいてもらえたら

本当に説教臭くなっちゃってゴメンなさい

「ボクのハイコーフェス」の「想い」が少しぐらい届けられる気がして

「進藤さんは意味のない事をたくさんやってください、進藤さんの意味のない事にきっと意味がありますから」

ハイコーフェスの準備が始まる頃にサニーサニーガールさんからそんなメールをもらいましたが

「サニーサニーガールのハイコーフェスの始まり」を

「サニーサニーガールのハイコーフェスの1曲目」を見てもらわないと

ボクがここまで長々と書いてきた「届いて欲しい事」も

ただの「意味のない事」になっちゃいますから

なので本当にお願いです

「1番淋しい歌」が「ハイコーフェスの始まり」に登場するんですよ

絶対に遅刻せずに9時20分までには体育館に集合してくださいね

早朝9時30分から始まる

愛しくて愛しくて涙が出ちゃうくらいの「本当の意味での淋しいヤツ」

「本当の意味でのボクのハイコーフェス」をどうか一緒に感じて見てください

 

 

「好きな人にはやさしくしたい」

「ボク」が「あの娘」にやさしくできるのは

「あの娘」が「ボク」にやさしい歌をたくさん届てくれたからで

「やさしい人が1番淋しい」から「ボク」も「あの娘」も同じように

何度も何度も「淋しい」ばかりを口に出すのでしょう

 「やさしくなりたいと君は思うのでしょう」

 

「愛しい愛しいボクの淋しいめんこちゃん」

「君」は「僕」の「心の鏡」だから

「独り」だけど「独りじゃない」からちゃんと前を見て歌ってよね

今年もきっとハイコーフェスから愛し愛されちゃうだろうけど

大丈夫、「ボクの大好きなsunny sunny girl」が

「みんなの大好きなsunny sunny girl」になれたら

ボクはそれが何より嬉しいし、ボクはそれが泣けるほど淋しいです

 

 

追伸:本当にサニーサニーさんは1曲目に「淋しいの塊」みたいな歌を歌ってくれるみたいなので

この1曲目を見ないと家に帰った後から来る「独りになった時のあの強烈な淋しさ」が全然違うと思うので

たった30分早起きするだけで「これからの独りの時間」が何倍も「愛しく」感じられるようになります

ボクはボクの好きに自信があるのでどうかボクを信じて絶対に早起きして最初から見て欲しいです

誰だって本当は「独りぼっちが大好き」なはずだから全然恥ずかしがらなくて良いので

皆さんもどうかどっぷりと「想い出」に浸って下さいね

「ボク、独りぼっちが大好きです」