2016年

8月

03日

【ボクが大好きな大森靖子について】

カレンダーが8月に変わった途端に

本当の意味での「ボクと君の後戻りできない夏」の始まりです

正直自分でもめんどくせーって気持ちもあるんです

それでもいよいよ覚悟を決めなきゃ仕方ないですからね

ここからが『ハイコーフェスの偏った愛情』の真骨頂

毎年ここに重っ苦しいほどの『想い』を書く事も

つまりは「ボクのハイコーフェス」みたいなものだから

ここに出演者の皆さん一組、一組への思いの丈

そしてここを読んでくれた物好きな誰かが

少しでも出演者の皆さんの事を「知ろう」と思ってくれたのなら

それがボクがハイコーフェスのために出来るたった1つの「何か」なので

覚悟を決めて今年も最後の夏に立ち向かわなきゃですね

 

とは言え、ボクの「好きだ」って想い1つで

急にハイコーフェスが有名になったり

ボクの「好きだ」って想い1つで

急にチケットが完売したりなんて無理だけど

この出演者紹介を書いてる間は

ボクが出演者の1人ってくらいの気持ちで書いていて

だからこそ張り裂けそうにもなるし

だからこそ発狂しそうにもなっちゃうけど

それでもやっぱり寝る間を惜しんで書いても

たまにはボクだって外で酔い潰れるくらいにビールでも飲みたい時もあるけど

「家族の時間」以外の時間

「自分の時間」みたいなのは全部この時間に費やしても後悔ないくらいに

そういうのを全部惜しんででも

ボクはハイコーフェスをやっぱり続けたかったんだと思います

減量中のボクサーじゃないけどある種の節制を自分に課さないと

自分の好きな音楽に対して真剣にストイックに向き合わないと

「最高の向こう側」を皆さんに見せてあげられませんからね

「ハイコーフェスへの愛」、「出演者への愛」を書いてる間だけはボクは無敵なんだと思います

ボクが頑張った分だけ当日あの場所に奇跡が起こる信じているから

「君が信じられるだけ全部叶うだろう」なので

本当に超長いですがどうか最後までお付き合いくださいね

   

ではでは、お約束の「僕のレテパシーズ古宮くん」のモノマネでスタートです!

 

「お待たせしました!ハイコー音楽出演者の紹介です!」

 

 

記念すべき今年の1組目は

「ハイコーフェスに出演してくれた!今年も来てくれた!」って

もはや存在自体が「奇跡」なんです!

告知直後から圧倒的な影響力でハイコーフェスを雲の上から引っ張ってもらってる気分です

帰ってきたハイコーフェスの女神様

「大森靖子」さんの登場です!

 

 

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【ボクが大好きな大森靖子について】

 

「大森と話しました、別途ハイコーフェスに出演させて頂くでお願いできますと幸いです。」

 

もう誰もがハイコーフェスの開催を諦めていたそんな中で

それは世界でたったの1人だけだったのかも知れません

もうボクらの顔なんか思い出せないくらいに遠くの場所にいるのに

1番高い場所から最後までハイコーフェスを信じてくれていたのが

もしかしたら「ボクの大好きな大森靖子さん」その人だったのかも知れません

 

「諦めきれないけど諦めるしか仕方がない」

「ボクのハイコーフェス」はそうやって1度終わりにしたはずでした

「僕と君」のために、「ボクと君とみんな」のために

それはそれはドラマティックで美しいハイコーフェスの終わり

去年のハイコーフェスはそんな「ボクと君のみんなの最後のハイコーフェス」

そんな風に心に決めて臨んだ特別特別なハイコーフェスでした

「ハイコーフェスの進藤くん」を全部剥き出しにして

カッコ悪いくらいに丸裸の想いをそのまま全部さらけ出して必死に必死にやったつもりでした

それでも前売りチケットの250枚完売できなかったし

(去年は当日券を入れて来場者が239人で、300人来てくれてちょうどの計画だったのでそりゃあ赤字です)

お金の事もそうだけど1番はハイコーフェスを続ける度に

「ボクと君のバランス」がおかしくなってしまっていたからで

「僕」も「君」も同じように

ハイコーフェスを愛する事に、もっと言えば「ハイコーフェスの進藤くん」に

心底疲れ果ててしまっていました

「身も心もボロボロとはこの事だなー」と「気が狂いそうだなー」と本気で思いました

同じ事を「君」も何度も何度もずっと思っていた事でしょう

 

そこまで想っての「最後の最後のハイコーフェス」でした

にも関わらず「最後」と決めて「終わったはずのハイコーフェス」を

もう1度続けたいと想った大きなきっかけの1つが

大森靖子さんの担当マネージャーさん

avexの山本さんから届いた1通のメールが始まりだった気がします

 

メールを頂いたのは3月中旬の事でした

「10月から大森のNEWアルバムのリリースツアーを行います」

「全国公演の一箇所として今年も進藤さんに協力して頂きたいのですが如何ですか?」

そんな内容のメールを頂きました

その時ボクが返信させてもらったメールの内容をそのまま書きますね

「もし大森靖子さんが良いのであれば秋田公演はハイコーフェスへの出演にして頂けませんか?」

それはボクにとっての「ボクのハイコーフェス」にとっての大きな大きな「賭け」だった気がします

まだ誰にも言えないでいた本当の本当の気持ちを

ボクはきっと大森靖子さんに全て委ねたんです

その「賭け」がボクの最後の、最後の最後の悪あがきだったんです

 

後日、山本さんから送られてきたメールの内容が一番初めに書いたその言葉でした

「大森と話しました、別途ハイコーフェスに出演させて頂くでお願いできますと幸いです。」

『大森は自分を大事にしてくれた人は一生忘れない人なんでしょうね』

『売れてない時に声をかけてくれたりした人には感謝している人です』

もしこのタイミングで山本さんからメールを頂いていなかったら

もし大森靖子さんから「それはちょっと話が可笑しくないですか?」みたいな

「ハイコーフェスの出演は無理ですよ〜!」って返答を頂いたのなら

ボクは本当にスッパリとハイコーフェスへの未練を断ち切っていたかも知れません

ボクにはもう「ハイコーフェス」って得体の知れない「何か」と最後まで戦える自信が全く残っていなかったからです

でも頂いたメールを読んだ瞬間にもう一度「ボクと君のハイコーフェス」に光が差した気がしました

「やってやるよ!」じゃないけど、確かに自信が湧いた気がするんです

それがハイコーフェスにとっての今年最初の「奇跡」です

「大森靖子さん」って「奇跡」みたいな存在の人がハイコーフェスを信じてくれたんだから

「ボクも君も」、もう一度ハイコーフェスを「音楽の魔法」を信じてみようと思ったんです

続ける理由なんてそれだけで十分でした

それが「ボクと君の大好きな大森靖子さん」だからこそでした

 

「しつこいくらいにまた必ずここに歌いに来ます!」

大森靖子さんはボクが見てきたライブの終わりに毎回決まっていつもそんな約束をしてくれます

とは言え、約束なんか絶対でも永遠でもない訳で

ボクなんか何度も約束を破って生きている訳で

普通に生きていればやっぱり「諦めなきゃ仕方ない」って事の方が多い気がします

でも大森靖子さんが口にするとやっぱり「約束」を信じてみたくなると言うか

去年の4月も軒並みチケットがソールドアウトとなる人気絶倒の全国ツアーの会場として

40人もお客さんが入れば一杯になるこんな小さな喫茶店をしつこく指名してくれて

どうにか少しでも楽しみに来てくれるお客さんのためにと入れ替え制の2回公演

そこまでして「ボクと君の喫茶店」に歌いに来てくれた大森靖子さんの姿を思い出しながら

その翌日にこーちゃん(君)とこんな風に話した事を覚えています

「もうこれで大森靖子さんに会えるのは最後かもね」

『もう大森靖子さんに会えない気がするね』って

『え、君、何でそう思ったの?』

『さようならを歌い終わった時の顔を見たら、なんとなくね』って

そんな風に言われると何だか本当にそんな気がしてきて

でもその時のボクと君の気持ちみたいなのは

淋しいとか悲しいとか悔しいとか諦めるとかそんな感覚とはちょっと違って

ボクと君の間では「素直に抱きしめられる方の仕方のない事」って感覚で

スーっと風が通り過ぎるみたいな清々しいほどの感覚だったのを今でも覚えています

 

「スター」になったから「仕方ない」訳ではなくて

「有名」になったから「仕方ない」訳でもなくて

なんて言えばいいのか、「仕方ない」は「仕方ない」なんだけど

ボクも君も大森靖子さんの今の活躍がただ本当に嬉しかったんです

選ばれた人だけが足を踏み入れて良いステージ

登ることが許された人だけが歩く事の出来るその階段みたいなのを

躊躇せず臆することなく、あっという間に駆け上がる大森靖子さんの姿が素晴らしすぎて

なのでなんて言うか、ボクらが執着することで足を引っ張りたくないと言うか

とにかく迷惑になりたくなかったんです

もしかしたら大森靖子さんって存在こそがボクらにとっての「希望」だったからなのかも知れません

 

生きてる場所も生活も業種もどこをどう切り取っても全然違う訳だけど

そんな大森靖子さんの活躍がボクらに光を与えてくれて

見ているだけで応援しているだけで「オレも頑張ろう!」って素直にそう思えたんです

誰よりも忙しい中で1番最後に「ハイコーフェスへの意気込み」を送ってきてくれた大森靖子さんは

大森靖子さんの忙しさみたいなのはボクも少しくらいは知っているつもりだから

なるべく迷惑にならないように「本当に一言で良いのでお願いします!」って

でも本当にたった一言でも良いから大森靖子さんの「ハイコー愛」を確認させてもらいたくて

無理を承知でそれでもお願いさせて頂いた訳で

「ポスターに掲載できるスペースの都合上、最大150文字でお願いします!」ってボクに

2倍以上文字数、出演者の誰よりも長文の350文字の愛で

自らの「ハイコー愛」を言葉にしてくれた大森靖子さん

「愛なんてただの言葉だろ」って

それは確かにただの言葉なのかも知れないけど

「共犯者」って言葉でハイコーフェスへの最大級の賛辞を示してくれた大森靖子さんは

「かけがえのない瞬間のかけがえのなさがマジかけがえなさすぎて、やめられないんだな?」って言葉や

「一度あの奇跡を味わってしまったら私たちはもうあの瞬間の奴隷になるしかないわけですから」って言葉や

「だから何をするときも、もう私達は怖くない」って言葉が

ボクにはとても「ただの言葉」だけとはやっぱりどうしても思えなくて

大森靖子さんがこの夏出演するフェスはたくさんあるけど

「フジロック」を筆頭に誰もが知っている国内のありとあらゆる大型フェスに出演しているけど

そんないわゆる「本物中の本物」がずらりと並んだラインアップの中に1つだけ

本当に場違いなほどに並んだ「ハイコーフェス」って文字を見るだけで

大森靖子さんにしか分からない「ハイコーフェスへの偏った愛情」があるのかなーと

ハイコーフェスが変わらずに「大森靖子愛」を持ち続けているか

それを「確認」しに来てくれてるのかも知れないし「試し」に来てくれているのかも知れなくて

そんな意味でも普段だとハイコーフェスを続けていく中で

「オレなんかもう既に頑張ってるわ!」って思う事が多々あるんだけど

大森靖子さんが見てくれていると思うと「また二人で頑張ろう!」って

「ちゃんとみんなで頑張ろう!」って大事な人と手を繋ぎたくなるんです

大森靖子さんが信頼してくれているはずの「ボク」や「君」や「ハイコーフェス」って「何か」に

「味噌臭いハイコーフェスって田舎者の集まり」に

ボクは自信が持てるようになったし精一杯になれて

「まだまだ出来る!」って、「諦めない!」って

「ただの地方イベント」のくせにスポ根ドラマみたいにひたむきになれたんです

 

ボクは「私はクソですが、がんばるクソです」って大森靖子さんの言葉が本当に好きで

「クソ」だけで見ればボクの方が何倍も何万倍もクソな訳だけど

そんな大森靖子さんが言う「がんばるクソ」に少しでも近づきたくて

大森靖子さんの活躍にこそボクは根拠のない希望を見ているのかも知れません

どんどん光り輝く大森靖子さんの姿が「ボクと君の希望」で

だからこそ大森靖子さんの音楽の魔法を信じたくなる

大森靖子さんの音楽、もっと言えば大森靖子さんって存在そのものがボクらの希望

「がんばるクソだけにしか分からない希望の光」そのものな気がしています

(どれだけ大森靖子さんの好きか書かなきゃいけないのにクソ、クソ書いてしまって本当にごめんなさい!)

 

大森靖子さんの音楽の素晴らしさみたいなのについては

ここにどれだけの熱量で言葉を詰めても伝えきれないので

それがボクの知っている大森靖子さんの音楽なので

ボクがここでアレコレ書くような野暮な事はあえてしませんが

1つだけ絶対の自信を持って言える事は

「大森靖子さんのライブをちゃんと自分の目で見た方が良いですよ!」って

「大森靖子さんを見にハイコーフェスに来た方が良いですよ!」ってそれだけで

「もうすでにハイコーフェスで見た事があるよ!」って人も

「ゴマシオで何回か見たよ!」って人も

「オレの方が、私の方が、もっとたくさんたくさん何度も見た事があるよ!」ってファンの方にも

それでもやっぱり「ハイコーフェスの大森靖子さん」を見に来て頂きたいんです

インターネットを開けば、ボクには到底追いきれないくらいの

本当にたくさんの「大森靖子さん」に出会えます

どれが本当でどれが嘘なのか、それすら分別つかないくらいに

本当にたくさんのたくさんの「大森靖子さん」に出会えます

ボクがここで書いているみたいにいろんな人がいろんな風に書いているから

自分が知らなかった大森靖子さんの事をいろいろとカンタンに知る事もできます

でも自分でこんなに長々と書いておきながら

「カンタン」に知ってしまって良いのかなーってところもボクにはあって

だって自分の目で見てない事も自分の耳で聴いてない事も

少なからず「分かったような気」になっちゃってそれで判断してるから

それを「大森靖子さん」だと思ってしまうのはやっぱりなんか勿体ない気がするんです

大森靖子さんの音楽は自分で感じなきゃ勿体ないです

「誰かの好きな大森靖子さん」を好きになったり

「誰かの嫌いな大森靖子さん」で嫌いになったりそういうのがやっぱりなんか勿体ない気がするんです

なので、大森靖子さんは今回が三回目のハイコーフェスですが

ゴマシオでも過去に三度ライブを行って頂きましたが

そのどのライブも一度として同じ感想にならないと言うか

見た後の印象がその度に良い方向に更新されるのが大森靖子さんのステージだから

「今日は良かった!」とか「今日はそうでもなかった!」とかそんなレベルじゃないのは

大森靖子さんの事を好きになればなるほど皆さんも知ってのとおりだとは思いますが

毎回それまでの「記憶」を全部塗り替えてくれるのが大森靖子さんのライブなので

「今日来た人が一人でも違っていたら、全然違った音を出しているはずなんですよ」

去年の春にゴマシオに歌いに来てくれた時にそんな事を呟いてくれた大森靖子さん

つまりはボクの見てきた方の「ボクの大好きな大森靖子さん」と言うのは

もしかしたらまだ「皆さんが知らない方の大森靖子さん」で

「皆さんが大好きな方の大森靖子さん」と「ボクの大好きな大森靖子さん」は「全然違った音」を出しているはずだから

ややこしくしてごめんなさい、つまり何が言いたかったのかと言うと

「ボクの大好きな大森靖子さん」を「ハイコーフェスの大森靖子さん」をボクと一緒に見て欲しいんです

「みんなで1つになろう!」なんていわゆるフェスのそう言うところがボクは苦手だけど

「ボク」と「君」と「あなた」と「みんな」がいる事で

それが今まで見た事のない「あたらしいボクの大好きな大森靖子さん」の音楽に繋がるのなら

ハイコーフェスのステージ、大森靖子さんの視線の向こう側、喜んでボクは皆さんと一緒にその風景になりたいんです

あなたやあなたやあなたがハイコーフェスにいてくれる事で

「ボク」も「君」も「あなた」も「みんな」もきっとまだ知らない「あたらしい大森靖子さん」を引き出す事が出来て

それってなんかワクワクしませんか?

「ボク」と「君」と「あなた」と「みんな」があの場所に揃った事で

見た事のない「ハイコーフェスのあたらしい大森靖子さん」の音楽に出会えるんです

 

もう本当に大スターだから大森靖子さんは

大森靖子さんを好きだって人は本当にたくさんいて

その本物中の本物のファンの皆さんに比べたらボクなんかハナクソみたいなファンだけど

例えば毎回欠かさずシングルでもアルバムでもCDが出たら必ず購入するとか

例えばYOUTUBEであたらしい動画を見て「ワー、キャー」言うとか

例えば毎日寝る前にブログをチェックするとか

ボクの「好き」なんてのはそのくらいの事なのかもしれないけど

でもそのくらいの「好き」の応援の仕方しか出来ないけど

ボクは大森靖子さんが好きで好きでたまらないです

こーちゃんも大森靖子さんが大好きで、さんちゃん(ボクの息子)も大森靖子さんが大好きです

自分の子供が一番最初に好きなった歌手が大森靖子さんってなんか凄い事だなーって

だって自分の記憶の中で思い出してみたら

ボクが小5の時に聴いていたのは「ユーミン」だったり「チャゲアス」だったり「たま」だったりして

加えて、自分の子供が一番最初に好きになった大人の女性が大森靖子さんってコレも凄い事だなーって

だって自分の記憶の中で思い出してみたら

ボクなんかせいぜい6つ歳の離れた近所のヤンキーお姉さんに恋してたくらいで

そんな意味でも「音楽」はもちろんだけど

ボクら家族の大切な想い出になってくれた「大森靖子さん」がボクは大好きなんです

 

いつかさんちゃんが大人になって

いつか大森靖子さんの事を思い出してきっと泣いてしまうから

ボクはちゃんと教育とかしつけとか教えてあげられなかったけど

かけがえのない音楽、忘れられない思い出をきっと教えてあげられた気はするから

大森靖子さんに出会えた事がボクとさんちゃんの「父と子」の間の「何か」な気がします

そんな意味でもさんちゃんが結婚式をする際には

大森靖子さんの「さっちゃんのセクシーカレー」をBGMに新郎父の締めの挨拶をしたいです

こーちゃんは時々、「さっちゃんのセクシーカレー」の「さっちゃん」の歌詞を「さんちゃん」に変えて歌っているから

「成長しないでさんちゃん、茶髪にしないさんちゃん、彼女作らないさんちゃん、僕の特別、僕の特別」だから

想像しただけで隣でこーちゃんが号泣するのが想像できて笑ってしまいますね

 

そう言えば昨日の晩御飯の時にも

「ナオちゃん、今年ハイコーフェスに誰来るんだっけ?」ってさんちゃんに出演者の名前を読み教えてあげたんだけど

「今年は出る人が良いねー!」なんて言っていて

「それ大森靖子さんいるからでしょ!」って聞いたらバカみたいに照れちゃって

「違う!違う!」なんて全力で照れちゃって

「ボクはヒロシ(レテパの古宮くん)の方が親友なの!」って

「大森靖子さんって言うか、ロボくんに会いたいんだから!」って

ロボくんって言うのは大森靖子さんのファンでハイコーフェスに東京から来てくれた人で

チェキ会の間中、ずっと大森靖子さんの側にいるさんちゃんのゲーム仲間になってくれた人で

ロボくんにこの紹介文が届くかは分からないけど

ロボくんがいないと思春期に差し掛かっているさんちゃんが照れちゃって

1年半ぶりに会う大森靖子さんとまともに近づけないかも知れないから

今年もロボくんにはハイコーフェスにいてもらいたいです

こんなところに書くことではないかもだけど

でもこれが届くのが大森靖子愛の凄いところだからそんな「奇跡」もボクは見てみたいです

 

ハイコーフェスが終わった後はすぐに

今度は中10日で大森靖子さんの全国ツアー秋田公演も控えていて

たった10日の間に2回も大森靖子に会えるんだから

想像すれば想像しただけ「普通」じゃない事が起こっている訳です

それでも「別途ハイコーフェスに出演させて頂くでお願いできますと幸いです。」って

それが大森靖子さんがハイコーフェスに示してくれた最大級の愛だから

せっかく自らの音楽で登り詰めた長い長い階段を

せっかく手に入れた「有名」、ボクらの手の届かない高い高いステージの上から

わざわざもう一度、ハイコーフェスのあのステージに降りてきてくれたんだから

(さらには毎年恒例になっている学園コスプレのチェキ会まで継続してやってくれるんだから普通じゃないです!)

「普通のスター」ならきっと降りてきてくれなかったはずの場所からわざわざ降りてきてくれて

ハイコーフェスの背中を押してくれて、手を差し伸べてくれた事

死ぬほどの覚悟でやっと登りきった長い階段なんだから

死ぬほどの覚悟でやっと手に入れたピカピカの次のステージなんだから

「そんな場所」で光り輝くあなたこそが「ボクの希望」だったから

でも「こんな場所」にもう一度歌いに来てくれるあなたも「ボクの希望」に変わりありません

 

「またやれるかなんてわからないですけど、

何にもしないと何にもないから、

何かある方に賭けたくなる性分の私達ですから、

今年も集まるしかないよね!」

 

大森靖子さんに「賭けて」始まった今年のハイコーフェスですから

大森靖子さんもハイコーフェスの「何か」に「賭けて」くれているみたいですから

どうか皆さんにもハイコーフェスってこの「賭け」に乗ってもらいたいんです

「ラスベガス」でも「マカオ」でも、もちろん「モンテカルロ」でもないけれど

やっぱりここが「ボクらの本現場」で「今年も集まるしかないですね!」

奇跡の開催となった7回目のハイコーフェス

「ラッキーセブン回」のハイコーフェスは

そりゃあもう「かけがえのなさ」一攫千金の大チャンスです

 

たった4000円で一生分の「かけがえのなさ」を手にできる

「ボクの大好きな大森靖子さん」とは、つまりそういう歌を歌う人です

 

1発目の出演者紹介から本当にこんなに長々とバカみたいに書いてしまいましたが

大森靖子さんに伝えたい本当に本当に言いたい事はきっとこの一言だけです

 

「あちら側のステージからもう一度、ハイコーフェスのステージに降りてきてくれてありがとう」

 

きっとこれがハイコーフェスを愛する、ハイコーフェスの大森靖子さんを愛する

「ボク」と「君」と「みんな」の心からの感謝の言葉です

 

 

大森靖子さんはきっと全部言われなくても、分かってくれているのかも知れませんが

 

 

 

追伸:副実行委員長の澁谷くんがアラバキロックフェスで大森靖子さんのライブを見てきたんですが

それがあまりに素晴らしかったらしく「アラバキで見たどのライブより良かった!」って

「なんか音楽の神様が降臨してたんだよー!」って

大森靖子さんが良すぎてエネルギー使いすぎて、

もう全部見なくて良いやって気分になって、あんなに見たかった銀杏BOYZ見ないで帰ってきちゃった!」って

ボクや近江くんみたいに大森靖子さんにのめり込んでる風に見えなかった澁谷くんが

4年越しで今更になってバカみたいに「大森靖子愛」を語り出してボクはそれがすごく嬉しかったです

全部ひっくり返しちゃうのが大森靖子さんで、きっとそんな歌を歌う人が大森靖子さんです

(下に貼り付けた動画がその時のアラバキロックフェスの大森靖子さんです!)