ごあいさつ

世界中に楽しい事が次から次にあるにも関わらず、

懲りずに毎年進級してくれる皆さんも、

今年初めてハイコーフェスに興味を持ってくれた皆さんも、

お待たせしました、今年もここから「ボクのハイコーフェス」の始まりです。

 

とは言え、「んー、なんて書いたら良いんだろう」ってそんな感じなんです。

インターネットの世界だけで、それもカンタンに言葉だけで説明しちゃいけないような、

 

そんな難しい気持ちで今ボクはパソコンに向かっています。

 

 

経緯みたいなのは、毎年この学級新聞を読んでくれている皆さんなら、

今更説明するまでもないと思うので割愛させて頂きますが、

去年のハイコーフェスが、本当であれば「最後のハイコーフェス」になるはずだったんです。

 

企画しているボクらや出演者の皆さんも、

当日手伝ってくれるスタッフのみんなや、

「ハイコーフェスのたかが音楽の力」を信じて集まってくれたたくさんの皆さんだって、

「そのつもりの気持ち」で、「それくらいの覚悟」で、

大きくなりすぎて誰の目にも映るくらいに腫れ上がったあの痛々しいほどの「想い」が、

その全ての「想い」がいくつにも混じり合って重なりあってその先に見えたのが「最高の向こう側」、

いわゆる「歴代最高の奇跡のハイコーフェス」だった訳なので、

「終わり」にするには「もってこい」、

「もうこれ以上の奇跡はこの先のハイコーフェスには起こらない」ってくらいの、

何か一線を越えてしまったような感覚だけが残る、

そんな「ボクと君のみんなのハイコーフェス」だったんです。

 

それなら尚更ですよね、

「どうして今年もハイコーフェスを続けるの?」って、

それが皆さんの1番知りたいところだと思いますが、

本当のところを言えばボクにだってそれが何故なのか、

本当は良く分からないのが本音な気がしています。

 

「ハイコーフェスが面白いから!」って言うのももちろんだし、

「ハイコーフェスがないと退屈だから!」って言うのももちろんだし、

「ハイコーフェスが終わると淋しいから!」って言うのももちろんだし、

でもそのどれにも当てはまらない気持ちが本当は心のどこかあって、

その気持ちをなんて呼んだら良いのか、ボクにはずっと分からないままでした。

 

「罪のようなものを感じるのです」

 

「僕は罪のようなものを感じるのです」

 

大好きな銀杏boysの峯田くんが新曲「生きたい」という曲の中でそんな風に歌っていました。

その歌詞を聴いた時に初めて、

ボクもハイコーフェスに「罪のようなものを感じていた」そんな気がしたんです。

 ハイコーフェスの歯車が狂ったのはボクのせいで、

こんな風になってしまったのはボクのせいで、

終わりにしないと仕方なくなったのはボクのせいで、

最後には結局、「全部ボクのせいだ」と、

そんな風にずっと自分に十字架を背負わせていました。

本当にボクは「全部ボクのせいだな」と思っていたんです。

 

でもこの「十字架」みたいなのは「罪のようなもの」は、

ハイコーフェスを終わりにする事に対してだけ当てはまる感覚ではありません。

ハイコーフェスを続けている最中だって、ずっとずっと同じ感覚だったんです。

 

『あの人は今年は出ないんですね、残念です』って言葉に、

「1年ごとに出演者を変えた方が面白いんじゃないですか?」って言葉に、

『何か今年は出演者のラインナップ随分と攻めましたねー』って言葉に、

『何かちょっとハイコーフェスの雰囲気変えました?』って言葉に、

「チケット代、ちょっと高くないですか?」って言葉に、

「また来年もハイコーフェスに出たいです」って言葉にさえ、

「ハイコーフェス大好き!」って言葉にさえ、

もちろん誰もボクを責めるつもりで言っている訳では無いんですが、

いつからかそんな一言、一言にさえボクは、いちいち「申し訳ない」気持ちになっていたんです。

「みんなのハイコーフェスなのに、みんな大好きなだけなのに、いつも勝手にごめんなさい」って、

「裏切るような事をしてしまってごめんなさい」って、そんな「罪のようなもの」です。

 

極端に言えばボクが面白いと想ってやっている事の全てに、

いつもいつも「影」のようにべっとりとまとわり付いてくる、

そんな居心地の悪いようなもの、「得体の知れない何か」が「罪のようなもの」でした。

それがどんどんと大きくなって重くなって、

「ボクと君のハイコーフェス」を少しづつ少しづつ喰い荒らしていきました。

気がついたら楽しかっただけなのに虚しくなっていました。

「ボクが楽しいと君は淋しい」みたいな、

「君が淋しいとボクは悲しい」みたいな、

「ボクが悲しいと君は虚しい」みたいな、そんな可笑しな感覚です。

結果「ボクが楽しい」って感覚さえなくなれば、全部上手くいくのかなーって本気でそんな風にも考えました。

誤解が無いように書きますね。

「家族でいて楽しい」とか「平穏な暮らしで楽しい」とか「君といて楽しい」とか、

そっちの方の「楽しい」ではなくて、「ボクの楽しい」の方の「楽しい」です。

多分、そっちの「楽しい」って、大人になるにつれて諦めたり折り合いをつけないといけない方の「楽しい」で、

きっとそれがこの世界では「普通」なんだと思います。

そういうのに折り合いをつけられないと「バカ」と言われるのでしょう。

ボクはもう十分すぎるくらいに「楽しい」を持っているから「ボクの楽しい」は捨ててしまおうと、

「そんなの被害妄想!自意識過剰!病気だよ!」って、そうだったのかも知れません。

でも「君」が変になってしまう前に、あの日、「僕」は「ボク」を殺しました。

「ハイコーフェスの進藤くん」はあの日確かに死んだんです。

ボクはもう十分に楽しかったから「ボクの楽しい」を捨ててしまえば、

「僕と君」は「元どおりの幸せ」になれるとそんな風に思いました。

 

今ここに書いた様なことを君と向かい合って話しました。それがちょうど4月に入る頃でした。

きっかけはサンちゃんが晩ご飯を食べた後に突然、

「そう言えば今年ハイコーフェスやんないの?」って言い出した事で、

「ハイコーフェスやんないの?つまんない!」って怒り出した事で、

子供なりにサンちゃんなりにハイコーフェスへの「何か」があったみたいで、

珍しく突っかかるようにして「こーちゃん、ナオちゃんハイコーフェスやんないって言ってるよ!」って、

「つまんない!つまんないでしょ!こーちゃんやんないの!」って、

ずっと僕も君も改まってハイコーフェスの事を話すのを避けていたけど、

次の日、サンちゃんが学校に行っている間に、

君は僕の話を聞きながらあの時みたいに何度も何度も泣いてくれました。

あの時って言うのはつまり、ハイコーフェスが「君」を苦しめていた時です。

 

「君も罪のようなものを感じてるの?」って僕に、

「私は感じた事はないけど、君がそんな風に感じてるんじゃないかと思っていたよ」って、

「でも何にもしてあげられなくて、変わってあげられなくて、分かってあげられなくてごめん」って、

「キミの楽しいを壊しちゃってごめん」って何度も何度も泣いてくれました。

 

君が泣いている姿がやっぱり僕には堪えました。

僕も君を全然分かってあげられなかった事を悔やみました。

 

結局何日も何日も先延ばしにして何日も何日分からないままで、

でも「どっち」を選んでも「どっち」を選ばなくて、

最後には結局、「僕」は「君」を、「君」は「僕」を、二人とも相手の事を想い合ってしまうから、

本当にどうしたら良いのか分からなかったからこそ「ボクと君のハイコーフェス」を続ける事に決めました。

「どうしたいのか分からないけど、続けた方が良いのは分かる。」

君は僕と自分にそんな風に何度も何度も言い聞かせてくれました。

「僕」と「君」のこの可笑しな決断は、だからって誰かに分かって欲しいってそんな気持ちじゃなくて、

むしろ「分かってたまるか!」ってそんな気持ちです。

でも「どうしたいのか分からないけど、続けた方が良いのは分かる」って事だけは分かったから、

「僕」と「君」が決めた事だから、もう全部大丈夫だと思っています。

本当は今だって「罪のようなもの」を感じています。

でも「僕の楽しいが君の楽しい」に、「僕と君の楽しいが誰かみんなの楽しい」に、

つまりは長々と書いて何が言いたかったかと言うと、

きっと「ハロー、今、君に素晴らしい世界が見えますか?」って事で、

こんな風にしてどうやらめでたく今年も「ボクと君のハイコーフェス」が、

ひとりひとりの「ボクと君のみんなのハイコーフェス」は始まるらしいのです。

 

「後戻りのできなくなった悪ふざけと言うやつはたまに奇跡を起こしたりする」

後戻りできなくなった「僕と君の悪ふざけ」が今年もハイコーフェスに「奇跡」を起こすことを、

「ボク」は心の底から楽しみにしています。

 

「ボクは君を楽しませたい、君はボクを楽しませてくれる」

 

 

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あーーー、あーーー、あーーー、あーーー、

やってますねー、「ハイコーフェスの進藤くん」は、

何だかもう、初めっから随分と重っ苦しくて湿っぽくなってますが、

最初っからこんなんじゃあ、みんな呆れて読んでくれないかも知れませんが、

きっとハイコーフェスを好きでいてくれる人たちは、

ただの「挨拶」なんかよりこっちの方を読みたかったんじゃないかなーと思って、

今日新たにこの「学級新聞」と向き合いながら、

1度は忘れてしまおうかと思っていた「あなた」や「あなた」の事をボクはもう1度想い返しては、

ハイコーフェスを愛する皆さんのために今日ここに誓いを立てます。

9/22、ハイコーフェスをその日、世界で1番面白い場所にしてみせます。

奇しくも昨年と同じ日付での開催になった「何か」が今年のハイコーフェスにはあるはずだから、

 どんなに辛くても面倒臭くてもお金の事で心配しても責任で押しつぶされそうになっても、

いつも一緒に頑張ってくれる実行委員のみんなに迷惑を掛けても君に呆れ返られても、

それでもそれでもボクはやっぱりハイコーフェスが大好きで、

『たかが音楽の力』が『ボクと君とみんな』を幸せにしてくれると信じているんです。

 

「音楽業界の方々にプレスリリースしてみましょう!主催者としてハイコーフェスの意気込みを書いてください!」って事で、

「ボクのハイコーフェスについて」って頑張って書いてみたけど、

ロマンティック過ぎたみたいで「もう少し具体的に書き直してもらえますか?」とボツになってしまったコメント、

せっかくだから、もったいないから、ここに載せておくので良かったら読んでください、

これがきっと「ボクの楽しい」って事だと思います。

 

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いわゆる「フェス」と言われるたくさんの「フェス」に行きました。

大きなステージの上で、何千人、何万人にも思える人たちの前で、ボクが大好きなロックスターたちはこんな風に叫びます。

「愛しあってるかい?」または「みんな愛してるよ!」と。

たくさんの人たちがそれに答えるように声を上げたり両手を突き上げたりする中で、

ボクは何だか恥ずかしくなってしまって、となりの人がどんな風にしているか、その動きを横目で確認しました。

ボクの視線に気づいたのか、となりの人も少し照れ臭そうに会釈をして、「サイコーっすね!」なんて軽い会話もしました。

その時に感じた可笑しな照れ臭さみたいなのは、きっとその言葉がボクだけに向けられて発せられた言葉とは、

その時にどうしても思えなかったからなんじゃないかと、結局「言葉」だけではあの日のボクに届かなかったんです。

 

それなのに、ハイコーフェスのステージから聴こえてくる「愛してるよ!」は、

「今日この場所が世界で一番面白いと思って集まってくれて本当にありがとう」は、

本当にこの世界中でボクだけに向けられているような、ボク1人のためだけに言ってくれているような、

この「ボク」って言うは、もちろん「僕」の事だけど、パッととなりで見ている見知らぬ女の子の顔を見たら、

どうしたものか「僕」以外の「ボク」にもそれが当てはまっていたみたいで、

「言葉」だけでは「ボクら」に届かなかったけど、あれは確かに「想い」も重なっていたから、

だから「ボクら」に届いてしまったんだと想います。

「なるほど!そういう事か!!」と妙に納得したボクは、その日初めて「フェス」と呼ばれる場所で両手を天に突き上げました。

 

ハイコーフェスってつまり、そんな「フェス」なのだと思います。

 

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そして以下が書き直して採用された方です。

 

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ハイコーフェスは「ちょっと頭の可笑しなフェス」です。

「フェス」だと思ってきたら「フェスじゃなかった」みたいな感じがすると思います。

でも出演者への愛情、お客さんへの愛情はきっと日本一のフェスだと信じていますし、

一度でもハイコーフェスに来てもらえたら、

「誰が出演する」とか関係ないくらいにサイコーなのがハイコーフェスなので、

数々の出演者の皆さんが口を揃えて「奇跡!」と言ってくれたハイコーフェスにどうか遊びにいらしてください。 

 

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ね、面倒くさいでしょ、「バカなの?」ってくらいに面倒くさいんですボクは。

 

確かにハイコーフェスはバカがつくほどいちいち面倒くさいんです。

決して交通の便が良いとは言えない場所で開催しては、

決して安くない入学料に4000円も頂いて、

遅刻厳禁ですよ!って朝の本当に早い時間からですもんね、

友達でもなんでもないはずの「ただハイコーフェスを愛する皆さん」が、

あんなにもたくさん集まって来てくれて、

企画するボクらはもちろん、来て下さる皆さんも面倒くさいをいくつもいくつも乗り越えて、

それでようやくあの奇跡みたいな1日が成り立っていると思うと、

随分と手間の掛かる「バカバカしいフェス」なのかも知れません。

でも過去に1度でも来てくれた皆さんにも、

まだあの場所でお会いした事のない、あなたや、あなたや、あなたにも、

どうにかしてあの場所で「面倒くさい」を全部ぶっ飛ばして、

今年も1人でも多くの人にハイコーフェスを愛してもらえたらなーって、

もう毎年本当にしつこいかも知れませんが今年もハイコーフェスの「たかが音楽の力」を信じて、

あの奇跡みたいな場所に世界で一番面白い場所に集まって来てもらえたら嬉しいです。

 

御目当ての出演者がいなくてガッカリしないでください。

大好きなあの出演者が今年はいなくてガッカリしないでください。

「誰が出演するとか関係ない」くらいに、きっとあの場所に来てくれたらそれが伝わるのが、

本当に意味分かんないくらいにサイコーなのがハイコーフェスです。

 

今年もきっとサイコーに面白いハイコーフェスにしてみせます。

あなたがハイコーフェスを愛してくれる限り、

ボクも実行委員のみんなもきっとあなたの事を心から楽しませてあげられる自信があるんです。

 

そんな訳でこんなにも暑苦しい「学級新聞」のコーナーでは、

今年もハイコーフェスに関する様々な情報を更新していく予定です。

ちょくちょく更新するように頑張りますので、

時々で全然大丈夫なので何かを「想い出す」みたいにたまに覗いてくれたら嬉しいです。

 

許されるなら、できる事なら、

いつまでも続けたいけど、いつまでも奇跡を信じたいけど、

いつまでも続かない事をボクも君も知っているし、続かないから奇跡なんです。

いつまでも続かないからこそ、今すぐあなたに会いたいです。

 

 7回目の開催は進学したのか留年したのか、

 

相変わらずのボクたちには何が何だかさっぱり分かりませんが、

 

「ボクたちはたかが音楽の力を信じます」

 

「ボクは君を楽しませたい、君はボクを楽しませてくれる」 

 

「ボク、ハイコーフェスが大好きです」

 

 

秋田ハイコーフェス実行委員会

実行委員長 進藤直樹